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世界七不思議のペトラ遺跡旅行記

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今年は久しく旅行していない中東に行くか、アフリカのモロッコに行くか悩みました。

モロッコに行くには、イタリア経由で行くのが、ここキプロスからだと好きな経由なのですが、モロッコのベストシーズンは10月半ば、イタリアはこの6月に行ったので、パフォスに引っ越す前にヨルダンに行く計画を立てましたが、色々と検索している間に、モーゼが十戒を受けた場所やパレスチナも含めて、エルサレムに行きたかったので、その後、機会がなく、エジプトに行ったりしている間に、シリアでの内戦も始まり、とうとう、中東に行く機会がないかな?と、思っていたのですが、やっぱり、なぜか?ペトラ遺跡を見に行きたいという気持ちが強くなり、世界七不思議の1つであるペトラ遺跡に行くことになりました。

旅と言うのは、宿探しから始まります。

パフォスの旅行社にヨルダンツアーを訊ねたのですが、皆さん、個人で行かれる人が多い様子でした。

ヨルダンはキプロスと同じで、電車がありません。

ですから、交通機関が車となります。

7月下旬に友人が3日間ほどペトラ遺跡と死海に行ったというので、交通手段はどうしたのか訊ねたところ、レンタカーを借りて、アンマン国際空港から、ペトラへ移動し、その後、死海に行ったという話を聞きました。

その時点で、ペトラ遺跡の宿泊先を探していましたが、10月半ばは4つ星、5つ星ホテルには、その彼らが泊まった値段では、1つ星ぐらいしかありませんでした。

ペトラ遺跡のゲートから徒歩で行けるホテルに予約を入れました。

3つ星ホテルで、レビューも良かったので、それにとても安いので、3泊が死海の1泊と同じ料金だったので、そこのホテルに泊まることに決めました。

その後、アメリカドルやヨルダンの通貨を銀行で手配して貰いました。

先進国よりも通貨が強く、驚きました。

予約先のペトラのホテルから連絡があり、空港へのタクシーでのお迎えを提案されました。

一番の問題が交通手段だったので、アンマンに1泊して、その後、ペトラに移動する為には、1日1本のバスがあるらしく、そのバス停に行くにはどうすれば良いかとか、悩んでいたので、料金も提示してくれたので、お願いすることに致しました。

料金もインターネットで検索しているよりも半額近く安く、ボロボロのタクシーでも目的地に着ければ良いかな?と思い、予約をしておきました。

ほぼ旅に出かけるときには、ガイドブックも買わず、何も学ばないまま行くという2人なので、今の時代は、どこでもWIFI環境もあるだろうとのんきにしながら、1週間の旅行の3時間前ぐらいに、暑いのか寒いのか分からないまま、傘とかも必要かどうか分からず、スーツケースに詰め込んで行くことにしました。

空港近くに車を止めて、そこから、送迎してくれる人に空港まで送って貰い、スーツケースを車から降ろすと、「ヨルダンはビザが必要だよ。だから、ヨルダンパスとか先に購入して置くと良いらしい」と言われて、マイケルも私もパニック、「空港で買えないの?」と、聞くと、イギリス人のその人は「僕は行ったことがないから、奥さんが行って、色々と大変らしかったらしいよ。」と、キプロス人の奥さんとマイケルが話し、「どうする?」と、聞かれて、私は「ビザの事は日本人のブログとかでは触れていなかったし、現地で大丈夫ではないのか?」と、言って、飛行機に乗り込みました。

パフォスの気温は夜でも30度以上だったので、炭酸飲料を機内で飲んでいたら、着きました。

1時間ちょっとで、意外と早く着きました。

アンマン国際空港は広くて綺麗でした。

イミグレに行き、マイケルはビザを購入しました。

日本のパスポート保持者はビザが無料と、驚きました。

その後、荷物を取りに行き、空港にお迎えに来ているハイヤーの運転手さんと会い、ペトラへと向かうことになりました。

既に、午後10時半ぐらいで、マイケルは助手席に座りました。

ボロボロの車かと思いきや、新車らしく、とても綺麗で、この車で空港からペトラまで、3時間半を行くのに掛かるガソリン代の方が高いのではないか?と、思うほど、ドライバーさんは「ペトラから来ました。3時間半待っていました。」と、笑顔で対応してくれました。

車の中でも、WIFIが必要ならば、使えると言われて驚きました。

夜だったので、周りがどんな風景かも分からず、29歳のヨルダン人のドライバーさんは、英語がある程度話せたので、色々と話しをしながら、途中、トイレにも行き、真夜中のヨルダンでのドライブをしながら、4時間以上、掛かり、ホテルに行く途中に、夜景が綺麗な場所に連れて行って貰い、漸く、ホテルに着きました。

チェックインをしたのは、午前1時頃でした。

朝一番に、暑くなる前に、ペトラに行きたかったのですが、朝方、午前5時ぴったりに、モスクからチャントが流れて来て、目が覚めました。

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マイケルに、「チャントが流れ来てから、一緒に歌っていたよ。」と、言われて、意外と好きなチャントなのでしょう。

目覚ましを掛けないで、眠りについたので、起きたときには、8時頃でした。

夜は温度が10度ぐらいで、毛布が絶対に必要でした。

朝食を食べにレストランに行くと、色々な人種の人達が静かに食事をしていました。

その時点でも、どこへ向かえば、ペトラ遺跡の入口ゲートか知らないまま、バックに水を入れて、ダララダと歩き始めました。

 

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ドライバーさんが言うには、10月は観光客が10倍増えると言われているので、宝物殿は人で溢れていると言っていました。

ビジターセンターで、チケットを購入しました。

予想はしていましたが、2人で2日間分とペトラナイトも含めて、36000円ほどでした。

1日分と2日分の違いは、500円ほどですが、ペトラナイトに行くには、入場チケットが必要になるので、同じ日でなければ、どうしても、数日間有効のチケットを購入する必要があります。

ペトラ遺跡は1985年以降、ユネスコ世界遺跡に登録され、2007年7月7日、ポルトガルのリスボンで、新・世界七不思議の1つに認識されました。

ペトラはギリシャ語で、「石」と、言う意味があります。

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日本人のブログでは、岩や崖とか、色々ありますが、小さい石も大きな石も「ペトラ」です。

多分、アフロディーテの生まれた場所がペトラ・トゥ・ロミウと言われていて、ペトラを英語で岩と言っているため、石から岩になっているかも知れません。

さて、そんなペトラの歴史に触れてみましょう。

古代都市ペトラがどの時代に建造されたのかはっきりしないままらしいです。

紀元前1世紀以降には、乳香、没薬、香辛料などの貿易で富を蓄えたネバタイ王国の首都として、ペトラは歴史に示されています。

ローマ帝国に併合された後も、ペトラは繁栄したそうです。

しかし、363年に発生した大地震により、ペトラは壊滅的な被害を受けた後、その頃、貿易路が変わり、ペトラは没落した後、ペトラの町も衰退したと言われています。

その後は、地元のベドゥイン以外には忘れさられた遺跡となっていました。

1812年に、スイス人探検家によって、ペトラ遺跡を再発見されることになります。

それまでは、ベトゥイン以外は、ペトラ遺跡に入ることが出来なかったらしく、スイス人の探検家がベトゥインを説得して、ペトラは魅力的で美しい古代都市として、世界の人々、特に、西欧の人々の知ることになって行きました。

ペトラ遺跡の宝物殿を一躍有名にした映画があります。

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インディアナ・ジョーンズで、この巨大な宝物殿を撮影に利用したこともあり、ペトラ遺跡と言えば、この場所になります。

ペトラの町には、神殿や劇場もあり、ローマ帝国の併合後には列柱道路、また、ビサンチン帝国の影響での時代には、修道院が建設されています。

広大な場所で半日や1日では、全てを見て回ることは出来ないでしょう。

すべてをロバや馬に乗らないで歩くとなると、体力が入ります。

夜は気温が10度でしたが、日中は30度ぐらいになっていました。

日陰にいれば、それほど暑くなかったです。

宝物殿辺りで写真を撮っていると、ベトゥイン人の若い男性や子供に声を掛けられます。

マイケルは写真が撮りたいので、徒歩ですべてを廻りたい派ですが、私はラクダとかに乗りたい派なのですが、驚くほどの値段を吹っかけて来るので、適当に断っていました。

しかし、何度も、何度も、同じ人に、「ロバに乗って、修道院に行かないか?」と、声を掛けられている内に、私がロバと一緒に写真を撮っていると、「ロバに乗って、上まで行こうよ。安くするからさぁ。」と、言われて、値段を聞くと、エジプトでラクダに乗ったときよりも高い値段でしたが、乗る事にしました。

マイケルが乗ったロバと馬とのハーフは賢そうな風合いでした。

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私の乗ったロバは、どうやら、この馬に負けまいと対抗心があるのか、人が歩いているところでも、押しのけて登って行くため、ハラハラドキドキでした。

何度も訓練されているのでしょうが、時間内に850段の階段というより、石、石の連続で、綺麗に整備されていないので、もしも、ロバが一歩でも、階段を踏み外してしまうと、振り落とされて崖へと落とされてしまうかと思うと、ジェットコースターよりも心臓に悪いと思えるほどの勢いでした。

それに、兎に角、人を押しのけて登ろうとするので、何度も他の人に謝り続けることになりました。

喉が痛くなるぐらい、謝り続け、行き成り、動かなくなったので、停留所だと分かりました。

一緒に来ていたベドゥインの若い男性は、毎日、何度もこの階段を上がり下りしているのかと思うと、感嘆してしまいました。

やっと、ロバから降ろして貰い、徒歩で修道院に行くのですが、足ががくがくして、歩くのが困難になりました。

エド・ディルという修道院に到着しました。

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ナバタイ王国最後の王ラベル2世の治世に建造された修道院には、背後部の壁面には十字架が刻まれました。

それが、修道院の名前の由来だそうです。

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ペトラには、教会もあります。

ペトラで物を売ったり、ロバやラクダなどに乗って案内してくれる人は、ベドゥインで、風貌がジョニーデップ似で、ヨルダン人とは顔が異なるので、その背景には、サウジアラビアから難民として、ペトラの町に住み着いたらしく、鼻筋の通っていて、ハンサムな遺伝子なのでしょう。

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英語も完璧に話すことが出来るので、「どこで、英語を勉強したのか?」と、訊ねると、「観光客から」と言っていました。

以前は、ペトラ遺跡の洞窟辺りに寝泊まりしていたそうですが、その後、政府がペトラから少し離れた場所に家を建て与え、住んでいるそうです。

子供たちの姿が気になったので、学校には親が行かせず、行ったとしても、数時間で家に帰らせ、観光客に物を売ったりしているそうです。

学校に行かせる時間が特に、ピークシーズンでは勿体ないと言っていました。

修道院から降りて来る時は、徒歩で帰るからと言ったのですが、ロバたちも待っているからと、言われ、降りるときは、登るときよりも、更に怖く、すべらないか、また、他の観光客を押しのけて、スタスタと行くのですが、心臓に悪い体験をしました。

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宝物殿まで、ロバに乗って帰りました。

宝物殿辺りは、太陽が遮断されているので肌寒く感じ、夕方近くになって来たので、その日は、ペトラ遺跡を後にしました。

夕飯探しに困りました。

マイケルも私も中東の香辛料は苦手で、マイケルは和風ベジタリアンなので、魚は食べるのですが、肉料理はダメで、豆系も香辛料が強いと、食べられません。

ホテルのレストランを見たのですが、ヨルダン料理過ぎて、朝ごはんと同じような感じで、止めました。

うろうろと、近所のレストランを見て回りましたが、肉料理ばかりだったので、他のホテルで食事をすることにしました。

バイキングで料理は豊富なのですが、サラダにも肉が含まれているものが多く、野菜スープとトマトとレタス、デザートはカラフルで美味しかったです。

外国人の観光客が出入りするところでは、お酒も支給してくれます。

ただし、値段は欧州の2倍から3倍は覚悟した方が良いです。

イスラム教徒はお酒を飲まない代わりに、タバコや水タバコを吸っています。

タバコも安い様子ですが、吸わない人に取っては、レストランやカフェでも隣で座れてしまいます。

その日は、疲れたので早く寝ました。

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同じ時間になると、モスクから聞こえて来るチャントで一度、目を覚ましました。

うとうとしていると、また、大きな音が流れて来ます。

アラームセットをしていないので、7時半ぐらいに起きて、身支度を済ませて、レストランに向かいました。

初日にある程度、回ったのですが、他に行くところもないので、ペトラナイトも行く予定でいたので、ゆっくりと、ペトラ遺跡にあるカフェでお茶をしようと思いつつ、シークを通り、宝物殿に行くと、前の日に、「こんな写真撮れるよ。」と何度も近づいて来たベドゥインの男性、マイケルも「行かないから・・・。」と何度も振り放していましたが、交渉が上手いのか、「安くするから・・・。」の言葉に乗せられて、行くことに、自分達で行けるからと言うと、「ここに行くには、僕たちのガイドの許可が必要だから、そこへはいけないよ。」と、言うので、「どうして?」と、訊ねると、「僕たちの領域だから・・・。」と、答えられました。

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根負けしたので、「分かった。行くよ。」と、言われて、通されたところは、何と鉄格子が壊されたところで、普通に、階段を登って行くのかと思いきや、岩、石、階段らしいものはなく、背丈よりも高いところによじ登る、そして、スライドして降りたり、登ったり、塀みたいになっているところもあり、絶対に無理だと思えるところもありましたが、手を引いてくれ、マイケルにも押され、よじ登り、10分で行けると言っていましたが、よろよろしながら、30分以上は掛かっていました。

到着すると、もう、凄い迫力で宝物殿を見下ろすことが出来ます。

写真をスマホで撮影したいたら、マイケルに、そこは危ないからダメと言われて、安全な場所に移動することになりました。

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一歩間違えると、奈落の底に落ちてしまうことになりそうでした。

そんな最中に、フランス語を話す若い男性2人が到着、1人は崖っぷちで写真を撮って貰っていましたが、もう一人は、私が座っていたかなり安全な場所でも、「絶対に無理!」と、友人と言い合いになっていました。

もう一人は、片足で立って、背景が宝物殿で、嬉しそうでした。

その後、カップルがガイドさんにこんな感じで写真を撮って貰っていました。

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足が長くないと、この体制で写真は撮れないと確信できるほどです。

座って汗を拭いていると、足をふらつかせた中国人の女性とガイドが到着しました。

行き成り、私を見た瞬間、「どこから来たの?」と、聞かれたので、キプロスを知らない人もいるので、「日本から」と、応えると、「この人がガイドさん?」と、マイケルを指さして聞かれたので、「いや、主人です。」と、答え。そのまま、ガイドさんに崖の近くに連れて行かれて、写真を撮られていました。

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すこし涼んだので、降りる事にしました。

同じように、よじ登ったり、降りたりと、Tシャツもジーンズも赤い土だらけになりました。

これを一日、1回でも遣れば、身体全体の筋トレになりそうだと思えるほど、辛かったです。

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すこしチップも渡し、その後、また、お決まりのロバやラクダに乗れ乗れ攻撃が始まりました。

足をふら付かせながら、ゆるゆると歩いていると、先ほど会った中国人がロバに乗って、「ハロー」と、声を掛けられました。

その後、初日に美味しかったので、ザクロジュースを涼しいところで飲んでいると、また、ロバに乗って修道院まで行って来たのか、中国人女性がシーク方面に向かっていました。

彼女曰く、「ペトラは3時間だけなの~」と、言いながら、通り過ぎていました。

私たちは、列柱道路、ニンファエウム(水の妖精の泉)、王家の墓、大神殿などを見て回り、夜にもペトラに帰って来るので、早めの夕飯を取ることにしました。

外国人がビールを美味しそうに飲んでいるので、その場所で軽くスナックを食べることにしました。

私はコーラとチキンを食べることにしました。

マイケルは、チーズサンドイッチとビールを飲むことにしました。

コーラは甘くて、炭酸が抜けている感じでした。

マイケルは欧州でいうサンドイッチでなく、コッペパンに、チーズがトッピングされた物で、驚いていました。

給食で長い間食べ続けたので、私も苦手です。

マイケルはコッペパンが苦手で、チーズを摘まんで食べていました。

この量で、料金は、7000円ほどでした。

欧州でも、2000円ぐらいでしょう。コーラの缶がそのまま出て来て、800円ぐらいでした。

夜は寒くなると思い、冬用の服に着替えにホテルに帰りました。

ロッククライミング級で崖から見渡す宝物殿とすでに、2日間で歩き回ったため、筋肉痛、また、歩いて帰り、「夜は、あの馬に乗ろか?」と、言いながら、時間前に入場して、またも、宝物殿まで歩いて行くことに、あの馬車は利用できず、歩くことになりました。

キャンドルが道端に敷かれており、幻想的で綺麗でした。

やっと、宝物殿に到着し、行き成り、暗闇で座った途端に、顔も見えないまま、「早く、早く」と、急かされて、お茶を配って貰いました。

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その時期のイベントで異なるのでしょうか?

1人の男性が歌を歌い、朗読したりしていました。

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その後、目を瞑るように言われ、「願い事をして、目を開けて下さい。」と、言われて、目を開けると、宝物殿がLEDライトで色々な色に変わりました。

LEDライトが利用される前は、どんな感じだったのでしょうか・・・。

30分ほどで終わり、また、ホテルまで歩いて帰ることに、両足に豆が出来ていました。

身体も腰、手足も、筋肉痛になりました。

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きっと、その日は、本当に疲れていたのでしょう。

午前5時になっても、目を覚まさなかった様子です。

ゆっくり起きて、朝ごはん、ほぼ、食欲がなく、ピタパンとひよこ豆のフムスばかり食べていました。

ペトラ遺跡から死海まで3時間ほどと言うので、のんきに11時頃にタクシー運転手の来て貰っていました。

高速道路ではなく、違う道を通ってくれているらしく、ヨルダンは広いということを実感しました。

また、ペトラはあの独特なバラ色の石で成り立っているのだと感心しました。

他は白い砂や石で出来ていて、山らしいところもなく、暑かったです。

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死海のホテルに行く前に、セント・ジョージの教会に行って貰うように頼みました。

行き着いたところは、セント・ジョージでなく、ネボ山と言うところに連れて行かれました。

モーゼが神から授かった「約束の地」を見下ろしながら息を引き取った場所があります。

エジプトのファラオに虐げられたイスラエルの人々を率いてエジプトを脱出し、彼らを約束の地カナンへと導いた預言者、モーゼは、昔、神に背いた罰のせいで、カナンの地へ足を踏み入れることは出来ませんでした。

このネボ山から、約束の地である、「エルサレム」を見渡すことが出来ます。

ネボ山の頂上には、4世紀ごろから教会が作られるようになったそうです。

そこで、ビザンチン時代のモザイクが多く残っています。

ヨルダンでは、モーゼ、ユダヤ関連は無いだろうと思って頂けに、タクシーの運転手に連れて行かれて、驚きました。

シナイ山にも、行き、負の遺産であるアウシュビッツも行きました。

まだ、モーゼとはご縁が続くのでしょうか。

死海のホテルには5時頃に着きました。

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海側のお部屋に通して貰い、プールや死海で泳げる時間を訊ねると、1時間ほど時間があるので、急いで、死海に向かって降りて行きました。

イスラエル側で死海は、ソルトロックで足をマイケルは切ってしまったので、念のために、専用の靴を履いてヨルダンの死海に入りました。

ヨルダン側は、イスラエル側とは異なり、透明感がなく、泥と灰色の石でした。

周りには、日本人観光客も多く、お決まりの本を死海でぷかぷかしながら読みポーズを写真に撮っていました。

私は、スマホを持って行くと、落としてしまう気がしたので、1枚も死海での写真は撮りませんでした。

死海でのホテルは高級でもありませんが、とっても高く、スーパーマーケットもなく、夕飯込みで泊ることにしていました。

食べる物があまりなかったので、カラフルなケーキばかり食べておりました。

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マイケルは1本ビールを頼んでいました。

1本、2000円ほどです。

びっくりするほど高いです。

売店もないので、お水もバーとかで1本600円ほどしました。

スイス並に何でも高いので、本当に驚きました。

次の日も、夕方まで時間があったので、タクシー会社に連絡して、セント・ジョージ教会に行くことにしました。

死海から車で50分ほどの場所に近づくと、建物の雰囲気が変わって来ました。

見慣れた風景の建物は、ビサンチン時代に建てられたものでした。

教会の敷地内は、とても静かでした。

セント・ジョージ教会には、世界で一番古いモザイクで作られたパレスチナ周辺の地図が床に保存されているのが有名です。

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今のエルサレムになります。

以前、イスラエルに行ったときに、ヨルダン川の魚の瀬戸物を買ったのですが、空港でスーツケースを開くように言われて、収めるときの具合が悪かったのか、割れていました。

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魚のシンボルは、生命の樹とともにキリストを表わす2匹の魚で有名です。

帰る途中に、モザイクアトリエに連れて行って貰ったので、大き目なのが一番好きな魚で、イスラエルで見たモザイクと似ていたのですが、とても高く、小さめのモザイクの魚はシシャモのように、やせ細って、これはちょっと違うと思い、思い切って、大きい目なのを購入しました。

ホテルに帰り、夕日が沈む前に、死海で再度、ぷかぷかすることにしました。

泥を身体中に塗り込み、しばらく経って死海で洗い流すときに、目に1滴の死海の水が入り、目が痛い、本当に痛い・・・。しばらく、痛みと戦いながら、タオルで拭いて、ぷかぷかして、シャワーを浴びて、あまり期待していないディナーに行くことにしました。

マイケルは、ほぼ、スープぐらいしか食べる物が無かったので、スープを美味しそうに食べていました。

私も食べ始めると、スープの中に、牛肉があったので、それを教えると、中断していました。

野菜のグリルとトマトを食べていました。

行き成り、動作が凄いのでどうしたのか聞くと、緑色の唐辛子のグリルを口にしたらしく、そんなに辛いのかと、私も1センチほど口にしてみました。

もう、言葉が出て来ないぐらい辛かったです。

甘い物ばかり食べて、甘い砂糖入りの紅茶ばかり飲んでいたので、私は、痩せるどころか太っておりました。

マイケルは、1週間で2キロ以上痩せていました。

死海からアンマンに移動しました。

ペトラ遺跡を見た後のアンマンでの観光はあまりないです。

スケールが小さいため、観光客がパスするぐらいです。

マイケルはヨルダンに行く機内で、砂漠の話をするので、「言ってくれれば、変更したのに。」と、言うと、「好きじゃないでしょう?」と、聞かれたので、アンマンで市場に行くよりは、砂漠で夜空を見たかったと言い返すと、ちょっと、残念そうでした。

観光箇所を廻っていたら、チケット購入場所で、若い西洋人の2組のカップルから「昨日、死海で会いましたね。」と、言われて、「へぇ?」と、返答に応えていると、彼ら達はヨルダンに2週間いたそうで、ほぼ、砂漠にいて、その後、死海と、アンマンに1泊滞在して、アムステルダムに帰ると言っていました。

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マイケルが「砂漠では何をしていたの?」と、訊ねると、「毎日、水パイプを吸っていたわ。」と、オランダ人の女性が言っていました。

とっても、行きたかったような顔つきで、話していました。

アンマンは市場に行ったり、モスクに行ったりしました。

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本当に行くところがなく、カフェもタバコの煙や水パイプの煙でもくもくしているので、オランダ人のカップル達のように1泊でも十分かも知れないと思いました。

ヨーロッパの方が安く感じるというほど、ヨルダンは物価が高い場所でした。

もちろん、中東料理が好きな方とかには、問題ないのでしょうが、独特の匂いは、なかなか、微妙です。

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とっても、楽しかった旅ですが、食べ物はイスラエル側では、パンプキンスープ、ベーグル、スモークサーモン、サラダも豊富でした。

でも、異なる文化を体験出来たことは良かったです。

長い旅行記をお読み下さり、ありがとうございます。

ありがとうございます。

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木星が射手座に移動すると、革命級の精神性を身に着けるチャンスが訪れる

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2018年11月8日は、「幸運の天体」と言われる木星が射手座に入る日です。

 

ギリシャ正教会では、名前の日と言う日があります。

 

多くのギリシャ人、キプロス人は、聖人の名前を付けられていることが多いのです。

 

誕生日よりも盛大に名前の主が周りの人達を誘いパティを開催したり、少し前ですと男性には葉巻を配ったりしたそうです。

 

他の聖人の名前の日は、忘れることも多いですが、この11月8日は、大天使マイケルの名前の日であるので、覚えている人が多いです。

 

そんな幸運な日から、12年に一度の幸運の天体が、2018年11月8日から2019年12月2日まで射手座に留まります。

 

この日から、射手座生まれの方はもちろん、1年間は幸運を味わえる年回りになりそうです。

 

木星(Jupiter)は「幸運」「発展」「寛大」「成長」「繁栄や成功」「知識」「学問」「哲学」「宗教」「善の意識」などの司る天体です。

 

射手座の支配星でもある木星ですから、射手座の特徴である、哲学、宗教、考古学、高等教育、外国、言語、書物出版等に関係する事柄が話題になることでしょう。

 

更に、射手座の特徴であるスポーツ、健康、教育、海外旅行、高い精神性などの分野での活動を通じて社会で認められる機会が増え、成功しやすくなるでしょう。

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〈射手座の良い要素〉

エネルギッシュ

楽天的

知識が豊富

おおらか

チャレンジ精神

探求心が強い

向上心が強い

いつも前向き

 

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〈射手座の悪い要素〉

興奮し過ぎると自分を見失う

計画を立てずに実行して失敗することもある

達成し、手に入れると飽きる、または中途半端

責任感がない

大風呂敷を広げ過ぎる

目標・目的を見失ってしまう

 

良い特徴である射手座であれば、概ね、楽しい人生を送ることが出来る、ポジティブ思考ですから、他の水の要素や土の要素を持つ支配星とは異なり、立ち直ることも早いでしょう。

 

2019年の5月1日には、新天皇、新皇后が誕生致します。

 

新皇后に雅子様となられます。

 

雅子様のお誕生日は、1963年12月9日です。

 

射手座が木星入りする年に皇后様になられます。

 

射手座の特徴でもある外国語などにもご縁がある人が多いのも特徴です。

 

話しはギリシャ神話になりますが、木星をジュピターと言うのは、英語です。

 

ラテン語で「ユピテル」、ギリシャ語で「ゼウス」と表現します。

 

全能の神様と言われ、沢山の神の子の父であるゼウスが、射手座の支配星で木星ですから、広範囲の行動力と宗教心、哲学的思考を持っている方も射手座には多いでしょう。

 

しかし、時として、行き過ぎたり、誇張し過ぎたり、目立ちたいという欲求が強くなり過ぎると、収拾して行くのが難しくなります。

 

良いか悪いかは別として、真実を求めるために、苦労を厭わず邁進していると思いきや、方向転換も早く、ポジティブと言えば良い時もありますが、人によっては飽きっぽさと映ることもあります。

 

もともと、高い精神性でチャレンジ精神も旺盛ですから、高い目標であれば、それに向かって進んで行くことが出来るでしょう。

 

身近に良い射手座さんがいる場合は、恩恵を受け取ることが出来るでしょう。

もちろん、射手座さんが近くにいない場合は、射手座の良い要素を真似ると良いでしょう。

 

射手座が興味を持つ、旅行、スポーツ、図書館、本屋、専門書、海外、外国人、哲学、多国籍料理、自転車、キャンピングカー、飛行機、カフェ巡り、探検・・・。

 

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楽しみながら、冒険するような、童心に戻れるような感覚を持つと良いでしょう。

 

秘境や砂漠、気球に乗ったり、バンジージャンプ(自己責任で判断)にトライして見たりすると、更に、ポジティブになりそうです。

 

体感すること、経験すること、それが自信にも繋がることになるでしょう。

 

もう、数年前ぐらいから、体を鍛えることは当たり前のような風潮がありますが、射手座の特徴のスポーツするのが好きということもあり、2019年からさらに、スポーツ用品などが売れることでしょう。

 

星空を見るだけの為に、モロッコの砂漠に行くことで、この12年に一度の幸運を実感できる人もいらっしゃることでしょう。

 

社会的にも成功する人も増えることでしょう。

旅行と言えば、カメラですが、今後は、若い人はデジタルカメラよりも、ぼんやりとした画像が撮れるフィルムカメラに注目が移行することもあります。

 

昭和に流行った物、特に、1980年代の古い良き物が家に眠っていたら、是非、掘り出し物で幸運アイテムになるかも知れません。

 

健康志向の射手座さんは、ベジタリアンやヴィーガンになったりする人もいるかも知れませんが、身体部分で肝臓が射手座の弱点ですので、あまり、極端な食生活になると、将来、女性ですと、冷え性や女性疾患を招いてしまわないように気を付けて下さい。

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男性ですと、大勢でワイワイ盛り上がることも好きな人も多いので、アルコールの多飲や暴飲暴食には注意が必要でしょう。

 

また、スポーツ好きで、無理をすると、もう1つの弱点は大腿部です。

 

ジムに通ってムキムキになりたい人もいらっしゃることでしょうが、肉離れには注意して下さい。

 

木星が射手座に移動すると良い事も増えることでしょうが、AIやデジタルが進化し、発表されているのも射手座に木星が留まっているときです。

 

例えば、このような物が登場しています。

 

82年→ポケットテレビ

 

83年→ 電子手帳、ワープロ登場

 

95年→デジタルカメラ、Windows95

 

2006年→デジタル一眼レフ

 

これから先もAIが進化して行くことになるでしょう。

 

また、アナログから進化した物も増えることでしょう。

 

古い物と新しい物を使い熟せる人は、今後も重宝されることになります。

 

向上心の強い人が生き残れる時代になることになりそうです。

 

悪い天体ではありませんが、山羊座に留まっている土星と2018年5月16日から移行した天王星の組み合わせによって、不必要な物はどんどん淘汰されて行きます。

 

射手座木星時代には、蠍座木星時代では、通用しないことがあります。

 

それは、義理、恩、情のような、人間的な感情よりも、AI的な感覚で仕分けされてしまします。

 

世界各国の空港で導入され始めた自動化ゲートが増えて行くことでしょう。

 

それと同じような感覚で、コンビニ等も無人化でAIが管理することになりそうです。

 

その為、クレジットカードでキャッシュレス化が増えるお店も増えますが、同時に、インターネットで知らない間にクレジットカードを無断で利用されていたり、お年寄りに親切な振りをして近づき、詐欺的な犯罪も増えることでしょう。

 

射手座木星時代で幸運を掴める人は、知識や情報をいち早く取り入れた人になりそうです。

 

他人がワイワイ騒いでいるときに、勉強し、それを活かして、グローバルに活躍することが出来れば、リストラされることもないでしょう。

 

体力がある射手座さんが多いでしょうから、副業や起業する人もいらっしゃることでしょう。

 

ちなみに、12年前に流行語になった「格差社会」ですが、射手座木星時代には、さらに、この格差には、AIロボットという強敵も現れました。

 

ですから、生き残りたい、成功したいのであれば、自分の才能+射手座の才能、そして、付加価値を付けて行きましょう。

 

最後に、射手座木星時代の恋愛は、中性化的な要素で、頭も良く、体力もある人がモテるときです。

 

女性であれば、高身長でスレンダー、男性であれば、細マチョが話題の中心になるでしょう。

 

ファッションは、アニマル系であったり、砂漠をイメージするような茶色やベージュが流行りそうです。

 

射手座の人も、そうでない人も、幸運を掴んで下さい。

 

元気が出ないときは、エッセンシャルオイルや香水を柑橘系に変えてみるだけで、射手座のエネルギーを手に入れる事が出来るでしょう。

 

射手座さんにとって、極上の年回りになりますように!

 

ありがとうございます。

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成功したければ、究極の方法は素直に明るい気持ちで感謝すること!

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こんにちは。

いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

 

先日、誕生日だったので、近所の教会を訪れ、その後、最近、お気に入りの素敵なレストランで遅いランチを致しました。

 

教会に行くのは、私をこの世に産んでくれた母と父、そして、亡くなっている方々に感謝しに行く為です。

 

パワースポットブームも沈下したのかどうか分かりませんが、時に、日本人の方以外でも、このような観点で質問をしてくる人がいます。

 

「教会に行っているのに、運が良くならない」「お寺に行って祈祷して貰っても、金運が良くならない」「あのパワースポットに行くと、恋愛運が良いと聞いて行ったが、もう、10年以上、婚活しているが、出会いがない」等と、仰る方がいらっしゃいますが、その思考に驚きます。

 

教会やお寺、神社は神様をお祀りしている場所ですから、基本、私欲の為にお願いするのはやめた方が良いでしょう。

 

波動が高い場所で、特に、私的なお願いをすればするだけ、低級霊に憑依されてしまうこともあります。

 

お寺や神社に行くのは、神様と繋がりたいと思えるときが良いでしょう。

 

決して、お金持ちになりたい、恋愛運を良くしたいという意味で波動が高い場所を訪れると、私欲的な願いは異なる低級霊が聞き入れてくれるかも知れませんが、幸せかになれるかどうかは、直ぐに分かりません。

 

「波動」という言葉を良く耳にするけど、良く分からないと言う方もいらっしゃるでしょう。

 

「波動」はエネルギーとも言えます。他にも異なる言葉で言い換えることが出来ると思います。

 

この地球に存在する物すべてに波動が備わっています。道端に咲く小さな名のない花、石ころ、電線の上で鳴くスズメでさえも、波動を放しています。

 

あなたが日常的に吸い続ける空気や飲んでいる水も、動く波動です。

 

そして、そのすべてが強力な、「引き寄せの法則」に従って動いています。

 

その波動を仕分けたいと思っても、それは出来ません。

 

また、その波動を仕分ける必要もありません。

 

それは、「引き寄せの法則」は、自然界が常に仕分けしてくれているので、究極のAIとして、似た波動を集め、似ていない波動を遠ざけています。

 

見えない世界はすべて波動で出来ているとも言えます。

 

表面的には不思議なカップルと思える人達でさえも、実の所、同じ波動同士だったりします。

 

先日お亡くなりになられた樹木希林さんと、内田裕也さんは、長い期間別居生活をして来ていらっしゃいましたが、魂同士はとても素晴らしいソウルメイトでいらっしゃいました。

 

樹木希林さんは、1943年1月15日にて、東京に生まれていらっしゃいます。

お亡くなりになった日は、2018年9月15日です。

若い頃に低迷だったとき、樹木希林さんは、自分の芸名を売り払って別の名前にかえ、他の女優さんが遣りたがらないおばあちゃん役を素晴らしく熟していらっしゃいました。

持って生まれた品格と才能で進化し続けた名女優さんであったと言えます。

そんな素晴らしい樹木希林さんは内田裕也さんのすべてが好きと名言していらっしゃいました。

長い期間、離れて生活をしていても好きな人がいると心の支えになれることでしょう。

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あなたには、心の支えになるもの、人がいますか?

 

一昔で思春期を迎えると、自分の欠点に目を向けるようになり、あれこれと悩んでしまいます。「夢が持てない」「目標が見つからない」「目標を持ち続けることが出来ない」等という気持ちのまま社会に出てしまい、就職してからは、夢を見ることはいけないような風潮に感化されてしまい、気づいたときには、体力的にも精神的にもチャレンジできる体制でないから、夢を諦めてしまっていませんか?

 

バブル崩壊以降は、チャレンジ精神、ハングリー精神を持つ人は特別な類になりつつあります。過去の栄光は、社会が組織に従属していれば沢山の恩恵も頂けました。

20世紀の物質的な価値に拘りを持ち続けると高価な物を持っていなければ不幸であるという意味になります。

しかし、周りも見ても分かるように、この数十年で劇的に家族の環境等も変化しています。物も溢れています。鉛筆1本を大事に削っていた時代から、今では、子供でもスマホを持っている時代になりました。

 

物がある時代になると夢も変化して行きます。

 

「お金持ちになりたい」「豪華なセレブ生活がしたい」「あのタワーマンションで生活したい」というような憧れのような私欲的な生活は霊的に向上を目指す人には魅力は感じられないでしょう。

 

日本もアメリカ的な要素が強く反映して来ているため、自分で夢を見つけ、自分で目標意識を高めるしかないでしょう。

 

しかし、「夢」を見つけるのは簡単ではないと言う方も、一流のスポーツ選手が行っていることを遣れば、必ず、より良い未来へと進むことが出来ることになります。

 

一流と呼ばれる人達と一般の人達は目標意識が異なります。

 

強い意思設定で生きているので、その目標に向けて日々、何かしらしていることが多いでしょう。

 

一般の人が成功者の講座やセミナーを受講しているときは、やる気満々でその期間を過ごしますが、終了後の数日後、数週間後、そして、3か月後もその時と同じやる気があるかと言えば、セミナーを受講する前に戻ることあります。

 

もしも、3か月後も同じ気持ちでいられるようであれば、その人は確実に、目標設定が高い人でしょうから、必ず、夢を叶えることが出来るでしょう。

 

人間の脳と言うのは、ストレスに弱いと言うか、基本、楽な方を選ぶ傾向があります。

 

もしも、あなたがある目的地に行かなければなりません。

その時の選択として、ラクダ、または、徒歩で、摂氏45度の砂漠のある場所に行くか、クーラー付きの車で行くかと聞かれたら、経済的な負担がなければ、クーラー付きの車で行く方が良いと思いませんか?

 

成功している人は意外と楽天的な人が多いようです。

 

少し異なるのは、モチベーションが高いところでしょうか?

 

そのモチベーションこそが、成功へと繋がります。

 

一流のアスリートはモチベーションが高い、最後の最後まで、必ず優勝すると信じて試合に挑みます。

野良猫の例で恐縮ですが、縄張りがあり、メス同士でうねり合っているのを見かけます。

目と目を合わせ、身体を大きく見せるために、尻尾も立て、相手を威嚇します。

少しでも目を逸らしてしまうと、相手が飛びかかって来て、鋭い爪で引掻かれてしまえば、お腹を見せて、降参したというサインを送ります。

一度、勝ってしまえば、近寄って来ません。

 

闘争本能がある人は、ここぞというときのチャンスを見逃しません。

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どうすれば、成功出来るような闘争心が湧いて来るのか?

 

それは、感情脳を刺激することです。

 

一流のエネルギーを持つアスリートたちは、このような感覚を持っています。

 

・運を高めるには、素直さが必要だ。

運気が悪い人ほど、不平不満をダラダラと他人に話す人がいます。また、言い訳する人もいます。他人の意見に謙虚に耳を傾け、素直になれば、チャンスが増えるになるでしょう。

・私欲的な願望が強すぎると、他人が運んで来るチャンスを掴み損ねる。

自己満足の為に叶えたいことは、持続性がないので、相手を尊重することよりも、自分をアピールすることを強調し過ぎて、他人からのオファーに気づかないでいることもあることでしょう。

 

・悔しさのエネルギーがあれば、闘争心が湧く。

アスリートは常に一番を目指すことが使命である。「負けたくない」という意地、あと一歩で優勝できたという2番ではダメという内心では、傷つけられたプライドを闘争的なエネルギーとして、モチベーションを強化することを知っている。

成功者のほぼすべての人が、一度はどん底に落ちた人間であることが少なくないのは、どん底に落ちたことの悔しさから這い上がる強さを体感しているからでしょう。

 

・感謝のエネルギー

究極で最強は「感謝」のエネルギーです。

最強のエネルギーです。

闘争心と感謝の心は正反対ですが、感謝なくして、モチベーションを高く出来ません。

海外のスポーツ選手は十字架のネックレスをしていたり、パワーストーンをどこかに身に付けています。

試合が始まる前に祈る人もいます。

サッカー選手でゴールを決めた後で、子供の写真入りのTシャツをユニホームの下に着ていて、画面に向かって子供の写真入りTシャツを見せたりする場面もありました。

一流な成功者ほど、自分だけの為に何かを成し遂げるのでなく、誰かのために、使命的な感覚でやり遂げる意思が高い様子です。

 

ツイている人は、ツキの体験なくして、絶対に成功できないということを理解しています。

 

そして、自分以外の他人が、ツキや運を運んで来てくれたお陰で成功出来たということを知っているため、感謝なくして、今が無いと思っている人が成功出来る人になれることでしょう。

 

もしも、あなたが成功したいと願っているのであれば、あなたが思い描く成功者を真似てしまうことです。

その人までにも感謝すれば、必ず、その近い場所までに登れることになることでしょう。

感謝する気持ちは、自分の心を素直にしてくれますし、心を強くすることも出来ます。

混沌とした時代だからこそ、感謝の心を忘れないで下さい。

 

ありがとうございます。

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ポールシフトは始まっているのか?

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世界的な天変地異が21世紀になって起きています。

降水量が少ない場所で豪雨に見舞われ、雨が普段降るようなイギリスや欧州では、もう2か月間雨が降らず、山火事も発生しています。

地震や火山も活発化して来ています。

他人事ではありません。

2018年の夏は尋常でないほどの暑さになっています。

南半球でも、今年の冬は例年の寒さではないほど気温が下がっています。

アフリカのサハラ砂漠では、雪が降るという現象が起きました。

ここ最近のグリーンランドでは、巨大な氷山が崩壊し、津波が発生しました。

2018年の7月は世界各国で竜巻が発生しています。

ニュージーランドでも、泥噴火が起きています。

世界のどこかで、今までに経験したことがないような不思議な傾向を目にしています。

アセンションで次元が上昇していますが、それと同時に、地球のポールシフトが始まっているからかもしれません。

かなり前から、科学者などからも、2030年には、氷河期の到来があると発表されています。

本当にそんなことになると、あと、18年間で地球では生きて行けなくなるのでしょうか?

異常気象の原因は、何のでしょうか?

そのヒントとなる民族が存在します。

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その民族は、イヌイットです。

ポールシフトに関して、イヌイット(※)がNASAに警告をしました。

※氷雪地帯に暮らす先住民族、独自の文化を守り自然と密接に暮らしています。

ポールシフトという言葉を聞いたことがない方もいらっしゃるでしょうから、ポールシフトとは、何か?

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ポールシフトとは、地球の地軸または地極が移動し、磁場が反転する事。

このまま地軸がズレ続けると、世界の気候が大きく変わって行きます。

極端に言えば、南国が雪国になり、雪国が、南国になることもあり得ます。

さらに、人間だけに被害があるのではなく、世界的気候変動に適応できない動植物が発生し、現在の生態系が崩壊して行くことになります。

結果的に、食料問題など人類に大きな影響を及ぼします。

さらに、怖いのは、地極のポールシフトです。

イヌイットたちからの警告内容は、イヌイットは朝起きてすぐ、天気を確認するという習慣があるため、太陽がどこから登りどの位置に沈んでいくということを正確に把握しているそうです。しかし現在、太陽が本来沈むべき位置から数キロ離れた場所に沈んでいると、言っています。さらに、「夜空の星の位置も本来あるべき場所とは大きく違うところに存在している。」

これらが、事実であれば、確実に地球の軸が傾いていることを裏付けている証拠になります。

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では、私たちはどうすれば良いのでしょうか?

さて、その前に、私は日本に生まれて、日本人として誇りを持ちます。

もちろん、海外生活が長いので、美化していると言えるかも知れませんが、災害が起こると、その国の民度が窺えます。

奪い合う人種ではなく、譲り合える人種であることは確実です。

21世紀になれば、戦争がなくなると信じていましたが、奪い合う思考を持っている人達によって、この地球は何度も警告を受けていても、変えることが出来ないのでしょうか?

同じ地球人として、仲良くシェアすれば、すべての人に行きわたるほどの物質はあるのではないでしょうか?

もう、かなり前になりますが、こんな本がありました。

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『世界がもし100人の村だったら』

それから、少しずつ、意識革命があった国もありますが、全くと言って、以前よりも、民度が下がった人種もいます。

それは、やはり、守銭奴的な感覚を持ちすぎている国は、何事にも、「お金さえ出せば、悪い事をしても、許される。」という、間違った感覚を持っているからでしょう。

生きて行くには、お金はないよりはあった方が良いでしょう。

しかし、道徳的に悪い事をしても、お金で他人をコントロールするためではないのです。

お金を道具として扱うのではあれば、生活に潤いも出て来ることでしょうが、必要以上に貯めこんでも、あの世には持って行けません。

それよりも、他人が困ったときに、差し出せる心構えを持った人間になることで、自分に何か起きたときに救われることでしょう。

先月ミラノに行ったときに、ある教会で、ノアの箱舟を描いた絵を観る機会がありました。

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旧約聖書のノアの箱舟〈創世記 6・1~9・1〉

〈神は地上に増えた人々の堕落(墜落)を見て、これを洪水で滅ぼすと「神と共に歩んだ正しい人」であったノア(当時500~600歳)に告げ、ノアに箱舟の建設を命じた〉

神様が創造した地球とはかけ離れた思考を持った人が増えすぎています。

分け与えるのではなく、奪い取る、競争することばかりに目を向けても、霊性は上がることはないでしょう。

今一度、なぜ、この時代に生まれ変わったのか思い出すことです。

「なぜ?この世に生まれ変わったのか?」 その目的を思い出すことが出来ない場合は、注意信号です。

この世的な誘惑に負けてしまい過ぎると、知らずして、自堕落な方へ連れて行かれることがあります。

日本人だけが対象ではありません。

出来る方から、地球の為に行って下さい。

・心の浄化と自己の魂を向上させる。

・自分を知る(天命、使命、カルマ等)

・魂以外は、この世での物質は借り物であることを理解する。

・自分と同じ感性を持った人と付きあう(特に、年配の方々)

・大自然の中で生かして貰っていることに感謝する。

・愛と奉仕、そして、勇気に生き、行動力や実行力を身に付ける。 

 

旧約聖書には、「神はいつも、人の過ちを厳しく罰し、信じる者たちを導く。」と、あります。

私たち人間は、科学が進化し過ぎる中で生きていますが、やはり、自然と人間との共生が大事だと思います。

心より、感謝致します。

ありがとうございます。

☆10年前に書いたブログ☆

2008年7月8日

「無償の愛」

できない動植物が発生し、現在の生態系が崩壊して行くことになります。

結果的に、食料問題など人類に大きな影響を及ぼします。

さらに、怖いのは、地極のポールシフトです。

イヌイットたちからの警告内容は、イヌイットは朝起きてすぐ、天気を確認するという習慣があるため、太陽がどこから登りどの位置に沈んでいくということを正確に把握しているそうです。しかし現在、太陽が本来沈むべき位置から数キロ離れた場所に沈んでいると、言っています。さらに、「夜空の星の位置も本来あるべき場所とは大きく違うところに存在している。」

これらが、事実であれば、確実に地球の軸が傾いていることを裏付けている証拠になります。

では、私たちはどうすれば良いのでしょうか?

さて、その前に、私は日本に生まれて、日本人として誇りを持ちます。

もちろん、海外生活が長いので、美化していると言えるかも知れませんが、災害が起こると、その国の民度が窺えます。

奪い合う人種ではなく、譲り合える人種であることは確実です。

21世紀になれば、戦争がなくなると信じていましたが、奪い合う思考を持っている人達によって、この地球は何度も警告を受けていても、変えることが出来ないのでしょうか?

同じ地球人として、仲良くシェアすれば、すべての人に行きわたるほどの物質はあるのではないでしょうか?

もう、かなり前になりますが、こんな本がありました。

『世界がもし100人の村だったら』

それから、少しずつ、意識革命があった国もありますが、全くと言って、以前よりも、民度が下がった人種もいます。

それは、やはり、守銭奴的な感覚を持ちすぎている国は、何事にも、「お金さえ出せば、悪い事をしても、許される。」という、間違った感覚を持っているからでしょう。

生きて行くには、お金はないよりはあった方が良いでしょう。

しかし、道徳的に悪い事をしても、お金で他人をコントロールするためではないのです。

お金を道具として扱うのではあれば、生活に潤いも出て来ることでしょうが、必要以上に貯めこんでも、あの世には持って行けません。

それよりも、他人が困ったときに、差し出せる心構えを持った人間になることで、自分に何か起きたときに救われることでしょう。

先月ミラノに行ったときに、ある教会で、ノアの箱舟を描いた絵を観る機会がありました。

旧約聖書のノアの箱舟〈創世記 6・1~9・1〉

〈神は地上に増えた人々の堕落(墜落)を見て、これを洪水で滅ぼすと「神と共に歩んだ正しい人」であったノア(当時500~600歳)に告げ、ノアに箱舟の建設を命じた〉

神様が創造した地球とはかけ離れた思考を持った人が増えすぎています。

分け与えるのではなく、奪い取る、競争することばかりに目を向けても、霊性は上がることはないでしょう。

今一度、なぜ、この時代に生まれ変わったのか思い出すことです。

「なぜ?この世に生まれ変わったのか?」 その目的を思い出すことが出来ない場合は、注意信号です。

この世的な誘惑に負けてしまい過ぎると、知らずして、自堕落な方へ連れて行かれることがあります。

日本人だけが対象ではありません。

出来る方から、地球の為に行って下さい。

・心の浄化と自己の魂を向上させる。

・自分を知る(天命、使命、カルマ等)

・魂以外は、この世での物質は借り物であることを理解する。

・自分と同じ感性を持った人と付きあう(特に、年配の方々)

・大自然の中で生かして貰っていることに感謝する。

・愛と奉仕、そして、勇気に生き、行動力や実行力を身に付ける。 

 

旧約聖書には、「神はいつも、人の過ちを厳しく罰し、信じる者たちを導く。」と、あります。

私たち人間は、科学が進化し過ぎる中で生きていますが、やはり、自然と人間との共生が大事だと思います。

心より、感謝致します。

ありがとうございます。

☆10年前に書いたブログ☆

2008年7月8日

「無償の愛」

命より大事な物はない!

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こんにちは!

尋常でないほどのこの度、西日本を中心にした大規模豪雨にて、被害を受けられた方が、ご家族の皆様へ、心からお見舞い申し上げます。

一日も早く、平穏な生活に戻れますよう、心からお祈り致します。

私自身は海外生活が長いのですが、スマホ設定には、故郷の天候状況を設定しています。

先日、兄の誕生日で、連絡を入れたところ、「雨が降っているだけで、何も変わらない」と言っていたので、避難指示が出ていたり、警報がスマホに送られて来ていましたが、これまでの経験から、これほどの被害が出るとは思っていなかった様子です。

次の日に、ニュースを見ていると、豪雨で家が陥没している状態だったので、慌てて、電話をしたのですが、連絡が取れず、姪にSMSでメッセージを入れたのですが、返信もなく、何度か、連絡を入れて、日本時間が午後10時頃に、携帯に兄が出たので、家族の安否確認をしたところ、問題ないとの事でした。

東日本の大震災の光景と似ている状態だったので、豪雨で家が浸かるほど、誰が予想したでしょうか?

避難所に行くのかと訊ねると、「どこも断水しているから、家に居る方が落ち着く」と、言っていました。

断水になっているという情報を理解するまで、時間が掛かった様子で、近所のコンビニやスーパー等を廻ったらしいですが、水は完売していたので、お茶とジュースを買ったそうです。

食料品も何もなく、仕方なく、状況を把握していないレストランでピザを食べたらしく、断水になっているという知らせがあったのは、夕方になってからだったようで、トイレの水も無いので、外出して、トイレの水が流れるところに行ったり、水を確保しに行ったりしたそうです。

私の故郷は、アナログな場所も多いので、井戸があるところが多いので、断水後も、井戸を解放しているところもありました。

兄が住んでいるところは、被害は無かった様子ですが、兎に角、水がないということで、移動するにも、電車も運行していない状態で、車で、移動しようとしても、通行止めになっていたらしく、身動きが取れない状態だったらしいです。

来週の月曜日頃には、断水が解除される予定らしいですが、復旧までには時間が掛かりそうです。

私の故郷と、隣の県は、比較的、自然災害に遭わないというイメージが強く、地元の人達も避難するよりも、家で待機している方が良いと思った人が多いと思います。

深夜遅く、警報が出ても、お年寄りは寝ている人が多かったでしょうし、避難すると言っても、あれこれと準備をしている間に、水位が上がり、身動きが取れない状態になってしまったことでしょう。

あるテレビ番組で、息子さんが、避難しようとお父さんに促していたのですが、なかなか、決断が出来ないまま、次の日の朝、お父さんを説得して、避難しようとしても、電気製品が気になる様子で、大型テレビを2階に持って行っている間に、水が家の中まで、入り、お父さんもやっと、避難することに同意したときには、外の水嵩は1メートルになっていました。

他のテレビ番組では、防災パトロール中の男性の車が水に浸かり、水の圧力で、ドアも開くことも出来ずに、パニックになってしまい、若い男性が車から出るように伝えるのですが、どうしていいか分からない状態に陥ってしまい、窓から、引っ張り出して、助かりました。

私の父も生きていたら、テレビを2階に持って行くお父さんのように、あれこれと、時間が掛かり、説得する間に、喧嘩になり、逃げ遅れてしまう可能性があります。

命よりも大事なものはないのですが、普段の生活習慣から、仏壇をどうにかとか、布団が濡れたら使いものにならないから、あれも、二階に持って行こうと重たい物を担いで体力を消耗してしまい、そのまま、横たわってしまうかも知れません。

あり得ない場所で、あり得ない事が起こることが今回、起きてしまいました。

しかし、命があれば、物は何とかなります。

もちろん、水は絶対に必要不可欠です。

これから、もっと、暑い日が続きます。

一日も早く、穏やかな生活に戻れることをお祈り致します。

被害に遭った方のために、義捐をお願い致します。

個人的に必要のない物を自治体に送るのは控えて下さい。

例えば、千羽鶴、寄せ書き、さらには、洗っていない汚れた服など、もしも、ご自身が同じような被害に遭われたときに、それを貰って嬉しいですか?

相手の身になって下さい。

どうぞ、よろしくお願い致します。

現地で復旧にたずさわっていらっしゃる方々、無理せずに、ご自愛なさって下さい。

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