カテゴリー別アーカイブ: ツインソウル

世界七不思議のペトラ遺跡旅行記

petra-2

今年は久しく旅行していない中東に行くか、アフリカのモロッコに行くか悩みました。

モロッコに行くには、イタリア経由で行くのが、ここキプロスからだと好きな経由なのですが、モロッコのベストシーズンは10月半ば、イタリアはこの6月に行ったので、パフォスに引っ越す前にヨルダンに行く計画を立てましたが、色々と検索している間に、モーゼが十戒を受けた場所やパレスチナも含めて、エルサレムに行きたかったので、その後、機会がなく、エジプトに行ったりしている間に、シリアでの内戦も始まり、とうとう、中東に行く機会がないかな?と、思っていたのですが、やっぱり、なぜか?ペトラ遺跡を見に行きたいという気持ちが強くなり、世界七不思議の1つであるペトラ遺跡に行くことになりました。

旅と言うのは、宿探しから始まります。

パフォスの旅行社にヨルダンツアーを訊ねたのですが、皆さん、個人で行かれる人が多い様子でした。

ヨルダンはキプロスと同じで、電車がありません。

ですから、交通機関が車となります。

7月下旬に友人が3日間ほどペトラ遺跡と死海に行ったというので、交通手段はどうしたのか訊ねたところ、レンタカーを借りて、アンマン国際空港から、ペトラへ移動し、その後、死海に行ったという話を聞きました。

その時点で、ペトラ遺跡の宿泊先を探していましたが、10月半ばは4つ星、5つ星ホテルには、その彼らが泊まった値段では、1つ星ぐらいしかありませんでした。

ペトラ遺跡のゲートから徒歩で行けるホテルに予約を入れました。

3つ星ホテルで、レビューも良かったので、それにとても安いので、3泊が死海の1泊と同じ料金だったので、そこのホテルに泊まることに決めました。

その後、アメリカドルやヨルダンの通貨を銀行で手配して貰いました。

先進国よりも通貨が強く、驚きました。

予約先のペトラのホテルから連絡があり、空港へのタクシーでのお迎えを提案されました。

一番の問題が交通手段だったので、アンマンに1泊して、その後、ペトラに移動する為には、1日1本のバスがあるらしく、そのバス停に行くにはどうすれば良いかとか、悩んでいたので、料金も提示してくれたので、お願いすることに致しました。

料金もインターネットで検索しているよりも半額近く安く、ボロボロのタクシーでも目的地に着ければ良いかな?と思い、予約をしておきました。

ほぼ旅に出かけるときには、ガイドブックも買わず、何も学ばないまま行くという2人なので、今の時代は、どこでもWIFI環境もあるだろうとのんきにしながら、1週間の旅行の3時間前ぐらいに、暑いのか寒いのか分からないまま、傘とかも必要かどうか分からず、スーツケースに詰め込んで行くことにしました。

空港近くに車を止めて、そこから、送迎してくれる人に空港まで送って貰い、スーツケースを車から降ろすと、「ヨルダンはビザが必要だよ。だから、ヨルダンパスとか先に購入して置くと良いらしい」と言われて、マイケルも私もパニック、「空港で買えないの?」と、聞くと、イギリス人のその人は「僕は行ったことがないから、奥さんが行って、色々と大変らしかったらしいよ。」と、キプロス人の奥さんとマイケルが話し、「どうする?」と、聞かれて、私は「ビザの事は日本人のブログとかでは触れていなかったし、現地で大丈夫ではないのか?」と、言って、飛行機に乗り込みました。

パフォスの気温は夜でも30度以上だったので、炭酸飲料を機内で飲んでいたら、着きました。

1時間ちょっとで、意外と早く着きました。

アンマン国際空港は広くて綺麗でした。

イミグレに行き、マイケルはビザを購入しました。

日本のパスポート保持者はビザが無料と、驚きました。

その後、荷物を取りに行き、空港にお迎えに来ているハイヤーの運転手さんと会い、ペトラへと向かうことになりました。

既に、午後10時半ぐらいで、マイケルは助手席に座りました。

ボロボロの車かと思いきや、新車らしく、とても綺麗で、この車で空港からペトラまで、3時間半を行くのに掛かるガソリン代の方が高いのではないか?と、思うほど、ドライバーさんは「ペトラから来ました。3時間半待っていました。」と、笑顔で対応してくれました。

車の中でも、WIFIが必要ならば、使えると言われて驚きました。

夜だったので、周りがどんな風景かも分からず、29歳のヨルダン人のドライバーさんは、英語がある程度話せたので、色々と話しをしながら、途中、トイレにも行き、真夜中のヨルダンでのドライブをしながら、4時間以上、掛かり、ホテルに行く途中に、夜景が綺麗な場所に連れて行って貰い、漸く、ホテルに着きました。

チェックインをしたのは、午前1時頃でした。

朝一番に、暑くなる前に、ペトラに行きたかったのですが、朝方、午前5時ぴったりに、モスクからチャントが流れて来て、目が覚めました。

petra-3

マイケルに、「チャントが流れ来てから、一緒に歌っていたよ。」と、言われて、意外と好きなチャントなのでしょう。

目覚ましを掛けないで、眠りについたので、起きたときには、8時頃でした。

夜は温度が10度ぐらいで、毛布が絶対に必要でした。

朝食を食べにレストランに行くと、色々な人種の人達が静かに食事をしていました。

その時点でも、どこへ向かえば、ペトラ遺跡の入口ゲートか知らないまま、バックに水を入れて、ダララダと歩き始めました。

 

petra-5

ドライバーさんが言うには、10月は観光客が10倍増えると言われているので、宝物殿は人で溢れていると言っていました。

ビジターセンターで、チケットを購入しました。

予想はしていましたが、2人で2日間分とペトラナイトも含めて、36000円ほどでした。

1日分と2日分の違いは、500円ほどですが、ペトラナイトに行くには、入場チケットが必要になるので、同じ日でなければ、どうしても、数日間有効のチケットを購入する必要があります。

ペトラ遺跡は1985年以降、ユネスコ世界遺跡に登録され、2007年7月7日、ポルトガルのリスボンで、新・世界七不思議の1つに認識されました。

ペトラはギリシャ語で、「石」と、言う意味があります。

p-19

日本人のブログでは、岩や崖とか、色々ありますが、小さい石も大きな石も「ペトラ」です。

多分、アフロディーテの生まれた場所がペトラ・トゥ・ロミウと言われていて、ペトラを英語で岩と言っているため、石から岩になっているかも知れません。

さて、そんなペトラの歴史に触れてみましょう。

古代都市ペトラがどの時代に建造されたのかはっきりしないままらしいです。

紀元前1世紀以降には、乳香、没薬、香辛料などの貿易で富を蓄えたネバタイ王国の首都として、ペトラは歴史に示されています。

ローマ帝国に併合された後も、ペトラは繁栄したそうです。

しかし、363年に発生した大地震により、ペトラは壊滅的な被害を受けた後、その頃、貿易路が変わり、ペトラは没落した後、ペトラの町も衰退したと言われています。

その後は、地元のベドゥイン以外には忘れさられた遺跡となっていました。

1812年に、スイス人探検家によって、ペトラ遺跡を再発見されることになります。

それまでは、ベトゥイン以外は、ペトラ遺跡に入ることが出来なかったらしく、スイス人の探検家がベトゥインを説得して、ペトラは魅力的で美しい古代都市として、世界の人々、特に、西欧の人々の知ることになって行きました。

ペトラ遺跡の宝物殿を一躍有名にした映画があります。

p-16

インディアナ・ジョーンズで、この巨大な宝物殿を撮影に利用したこともあり、ペトラ遺跡と言えば、この場所になります。

ペトラの町には、神殿や劇場もあり、ローマ帝国の併合後には列柱道路、また、ビサンチン帝国の影響での時代には、修道院が建設されています。

広大な場所で半日や1日では、全てを見て回ることは出来ないでしょう。

すべてをロバや馬に乗らないで歩くとなると、体力が入ります。

夜は気温が10度でしたが、日中は30度ぐらいになっていました。

日陰にいれば、それほど暑くなかったです。

宝物殿辺りで写真を撮っていると、ベトゥイン人の若い男性や子供に声を掛けられます。

マイケルは写真が撮りたいので、徒歩ですべてを廻りたい派ですが、私はラクダとかに乗りたい派なのですが、驚くほどの値段を吹っかけて来るので、適当に断っていました。

しかし、何度も、何度も、同じ人に、「ロバに乗って、修道院に行かないか?」と、声を掛けられている内に、私がロバと一緒に写真を撮っていると、「ロバに乗って、上まで行こうよ。安くするからさぁ。」と、言われて、値段を聞くと、エジプトでラクダに乗ったときよりも高い値段でしたが、乗る事にしました。

マイケルが乗ったロバと馬とのハーフは賢そうな風合いでした。

p-11

私の乗ったロバは、どうやら、この馬に負けまいと対抗心があるのか、人が歩いているところでも、押しのけて登って行くため、ハラハラドキドキでした。

何度も訓練されているのでしょうが、時間内に850段の階段というより、石、石の連続で、綺麗に整備されていないので、もしも、ロバが一歩でも、階段を踏み外してしまうと、振り落とされて崖へと落とされてしまうかと思うと、ジェットコースターよりも心臓に悪いと思えるほどの勢いでした。

それに、兎に角、人を押しのけて登ろうとするので、何度も他の人に謝り続けることになりました。

喉が痛くなるぐらい、謝り続け、行き成り、動かなくなったので、停留所だと分かりました。

一緒に来ていたベドゥインの若い男性は、毎日、何度もこの階段を上がり下りしているのかと思うと、感嘆してしまいました。

やっと、ロバから降ろして貰い、徒歩で修道院に行くのですが、足ががくがくして、歩くのが困難になりました。

エド・ディルという修道院に到着しました。

p-15

ナバタイ王国最後の王ラベル2世の治世に建造された修道院には、背後部の壁面には十字架が刻まれました。

それが、修道院の名前の由来だそうです。

p-27

ペトラには、教会もあります。

ペトラで物を売ったり、ロバやラクダなどに乗って案内してくれる人は、ベドゥインで、風貌がジョニーデップ似で、ヨルダン人とは顔が異なるので、その背景には、サウジアラビアから難民として、ペトラの町に住み着いたらしく、鼻筋の通っていて、ハンサムな遺伝子なのでしょう。

p-14

英語も完璧に話すことが出来るので、「どこで、英語を勉強したのか?」と、訊ねると、「観光客から」と言っていました。

以前は、ペトラ遺跡の洞窟辺りに寝泊まりしていたそうですが、その後、政府がペトラから少し離れた場所に家を建て与え、住んでいるそうです。

子供たちの姿が気になったので、学校には親が行かせず、行ったとしても、数時間で家に帰らせ、観光客に物を売ったりしているそうです。

学校に行かせる時間が特に、ピークシーズンでは勿体ないと言っていました。

修道院から降りて来る時は、徒歩で帰るからと言ったのですが、ロバたちも待っているからと、言われ、降りるときは、登るときよりも、更に怖く、すべらないか、また、他の観光客を押しのけて、スタスタと行くのですが、心臓に悪い体験をしました。

petra-7

宝物殿まで、ロバに乗って帰りました。

宝物殿辺りは、太陽が遮断されているので肌寒く感じ、夕方近くになって来たので、その日は、ペトラ遺跡を後にしました。

夕飯探しに困りました。

マイケルも私も中東の香辛料は苦手で、マイケルは和風ベジタリアンなので、魚は食べるのですが、肉料理はダメで、豆系も香辛料が強いと、食べられません。

ホテルのレストランを見たのですが、ヨルダン料理過ぎて、朝ごはんと同じような感じで、止めました。

うろうろと、近所のレストランを見て回りましたが、肉料理ばかりだったので、他のホテルで食事をすることにしました。

バイキングで料理は豊富なのですが、サラダにも肉が含まれているものが多く、野菜スープとトマトとレタス、デザートはカラフルで美味しかったです。

外国人の観光客が出入りするところでは、お酒も支給してくれます。

ただし、値段は欧州の2倍から3倍は覚悟した方が良いです。

イスラム教徒はお酒を飲まない代わりに、タバコや水タバコを吸っています。

タバコも安い様子ですが、吸わない人に取っては、レストランやカフェでも隣で座れてしまいます。

その日は、疲れたので早く寝ました。

p-18

同じ時間になると、モスクから聞こえて来るチャントで一度、目を覚ましました。

うとうとしていると、また、大きな音が流れて来ます。

アラームセットをしていないので、7時半ぐらいに起きて、身支度を済ませて、レストランに向かいました。

初日にある程度、回ったのですが、他に行くところもないので、ペトラナイトも行く予定でいたので、ゆっくりと、ペトラ遺跡にあるカフェでお茶をしようと思いつつ、シークを通り、宝物殿に行くと、前の日に、「こんな写真撮れるよ。」と何度も近づいて来たベドゥインの男性、マイケルも「行かないから・・・。」と何度も振り放していましたが、交渉が上手いのか、「安くするから・・・。」の言葉に乗せられて、行くことに、自分達で行けるからと言うと、「ここに行くには、僕たちのガイドの許可が必要だから、そこへはいけないよ。」と、言うので、「どうして?」と、訊ねると、「僕たちの領域だから・・・。」と、答えられました。

p-12

根負けしたので、「分かった。行くよ。」と、言われて、通されたところは、何と鉄格子が壊されたところで、普通に、階段を登って行くのかと思いきや、岩、石、階段らしいものはなく、背丈よりも高いところによじ登る、そして、スライドして降りたり、登ったり、塀みたいになっているところもあり、絶対に無理だと思えるところもありましたが、手を引いてくれ、マイケルにも押され、よじ登り、10分で行けると言っていましたが、よろよろしながら、30分以上は掛かっていました。

到着すると、もう、凄い迫力で宝物殿を見下ろすことが出来ます。

写真をスマホで撮影したいたら、マイケルに、そこは危ないからダメと言われて、安全な場所に移動することになりました。

p-21

一歩間違えると、奈落の底に落ちてしまうことになりそうでした。

そんな最中に、フランス語を話す若い男性2人が到着、1人は崖っぷちで写真を撮って貰っていましたが、もう一人は、私が座っていたかなり安全な場所でも、「絶対に無理!」と、友人と言い合いになっていました。

もう一人は、片足で立って、背景が宝物殿で、嬉しそうでした。

その後、カップルがガイドさんにこんな感じで写真を撮って貰っていました。

p-23

 

足が長くないと、この体制で写真は撮れないと確信できるほどです。

座って汗を拭いていると、足をふらつかせた中国人の女性とガイドが到着しました。

行き成り、私を見た瞬間、「どこから来たの?」と、聞かれたので、キプロスを知らない人もいるので、「日本から」と、応えると、「この人がガイドさん?」と、マイケルを指さして聞かれたので、「いや、主人です。」と、答え。そのまま、ガイドさんに崖の近くに連れて行かれて、写真を撮られていました。

p-22

すこし涼んだので、降りる事にしました。

同じように、よじ登ったり、降りたりと、Tシャツもジーンズも赤い土だらけになりました。

これを一日、1回でも遣れば、身体全体の筋トレになりそうだと思えるほど、辛かったです。

p-24

すこしチップも渡し、その後、また、お決まりのロバやラクダに乗れ乗れ攻撃が始まりました。

足をふら付かせながら、ゆるゆると歩いていると、先ほど会った中国人がロバに乗って、「ハロー」と、声を掛けられました。

その後、初日に美味しかったので、ザクロジュースを涼しいところで飲んでいると、また、ロバに乗って修道院まで行って来たのか、中国人女性がシーク方面に向かっていました。

彼女曰く、「ペトラは3時間だけなの~」と、言いながら、通り過ぎていました。

私たちは、列柱道路、ニンファエウム(水の妖精の泉)、王家の墓、大神殿などを見て回り、夜にもペトラに帰って来るので、早めの夕飯を取ることにしました。

外国人がビールを美味しそうに飲んでいるので、その場所で軽くスナックを食べることにしました。

私はコーラとチキンを食べることにしました。

マイケルは、チーズサンドイッチとビールを飲むことにしました。

コーラは甘くて、炭酸が抜けている感じでした。

マイケルは欧州でいうサンドイッチでなく、コッペパンに、チーズがトッピングされた物で、驚いていました。

給食で長い間食べ続けたので、私も苦手です。

マイケルはコッペパンが苦手で、チーズを摘まんで食べていました。

この量で、料金は、7000円ほどでした。

欧州でも、2000円ぐらいでしょう。コーラの缶がそのまま出て来て、800円ぐらいでした。

夜は寒くなると思い、冬用の服に着替えにホテルに帰りました。

ロッククライミング級で崖から見渡す宝物殿とすでに、2日間で歩き回ったため、筋肉痛、また、歩いて帰り、「夜は、あの馬に乗ろか?」と、言いながら、時間前に入場して、またも、宝物殿まで歩いて行くことに、あの馬車は利用できず、歩くことになりました。

キャンドルが道端に敷かれており、幻想的で綺麗でした。

やっと、宝物殿に到着し、行き成り、暗闇で座った途端に、顔も見えないまま、「早く、早く」と、急かされて、お茶を配って貰いました。

p-28

その時期のイベントで異なるのでしょうか?

1人の男性が歌を歌い、朗読したりしていました。

p-29

その後、目を瞑るように言われ、「願い事をして、目を開けて下さい。」と、言われて、目を開けると、宝物殿がLEDライトで色々な色に変わりました。

LEDライトが利用される前は、どんな感じだったのでしょうか・・・。

30分ほどで終わり、また、ホテルまで歩いて帰ることに、両足に豆が出来ていました。

身体も腰、手足も、筋肉痛になりました。

p-30

きっと、その日は、本当に疲れていたのでしょう。

午前5時になっても、目を覚まさなかった様子です。

ゆっくり起きて、朝ごはん、ほぼ、食欲がなく、ピタパンとひよこ豆のフムスばかり食べていました。

ペトラ遺跡から死海まで3時間ほどと言うので、のんきに11時頃にタクシー運転手の来て貰っていました。

高速道路ではなく、違う道を通ってくれているらしく、ヨルダンは広いということを実感しました。

また、ペトラはあの独特なバラ色の石で成り立っているのだと感心しました。

他は白い砂や石で出来ていて、山らしいところもなく、暑かったです。

IMG_7997

 

死海のホテルに行く前に、セント・ジョージの教会に行って貰うように頼みました。

行き着いたところは、セント・ジョージでなく、ネボ山と言うところに連れて行かれました。

モーゼが神から授かった「約束の地」を見下ろしながら息を引き取った場所があります。

エジプトのファラオに虐げられたイスラエルの人々を率いてエジプトを脱出し、彼らを約束の地カナンへと導いた預言者、モーゼは、昔、神に背いた罰のせいで、カナンの地へ足を踏み入れることは出来ませんでした。

このネボ山から、約束の地である、「エルサレム」を見渡すことが出来ます。

ネボ山の頂上には、4世紀ごろから教会が作られるようになったそうです。

そこで、ビザンチン時代のモザイクが多く残っています。

ヨルダンでは、モーゼ、ユダヤ関連は無いだろうと思って頂けに、タクシーの運転手に連れて行かれて、驚きました。

シナイ山にも、行き、負の遺産であるアウシュビッツも行きました。

まだ、モーゼとはご縁が続くのでしょうか。

死海のホテルには5時頃に着きました。

Processed with MOLDIV

海側のお部屋に通して貰い、プールや死海で泳げる時間を訊ねると、1時間ほど時間があるので、急いで、死海に向かって降りて行きました。

イスラエル側で死海は、ソルトロックで足をマイケルは切ってしまったので、念のために、専用の靴を履いてヨルダンの死海に入りました。

ヨルダン側は、イスラエル側とは異なり、透明感がなく、泥と灰色の石でした。

周りには、日本人観光客も多く、お決まりの本を死海でぷかぷかしながら読みポーズを写真に撮っていました。

私は、スマホを持って行くと、落としてしまう気がしたので、1枚も死海での写真は撮りませんでした。

死海でのホテルは高級でもありませんが、とっても高く、スーパーマーケットもなく、夕飯込みで泊ることにしていました。

食べる物があまりなかったので、カラフルなケーキばかり食べておりました。

IMG_8079

マイケルは1本ビールを頼んでいました。

1本、2000円ほどです。

びっくりするほど高いです。

売店もないので、お水もバーとかで1本600円ほどしました。

スイス並に何でも高いので、本当に驚きました。

次の日も、夕方まで時間があったので、タクシー会社に連絡して、セント・ジョージ教会に行くことにしました。

死海から車で50分ほどの場所に近づくと、建物の雰囲気が変わって来ました。

見慣れた風景の建物は、ビサンチン時代に建てられたものでした。

教会の敷地内は、とても静かでした。

セント・ジョージ教会には、世界で一番古いモザイクで作られたパレスチナ周辺の地図が床に保存されているのが有名です。

IMG_8016

今のエルサレムになります。

以前、イスラエルに行ったときに、ヨルダン川の魚の瀬戸物を買ったのですが、空港でスーツケースを開くように言われて、収めるときの具合が悪かったのか、割れていました。

IMG_8053IMG_8049IMG_8038IMG_8028

魚のシンボルは、生命の樹とともにキリストを表わす2匹の魚で有名です。

帰る途中に、モザイクアトリエに連れて行って貰ったので、大き目なのが一番好きな魚で、イスラエルで見たモザイクと似ていたのですが、とても高く、小さめのモザイクの魚はシシャモのように、やせ細って、これはちょっと違うと思い、思い切って、大きい目なのを購入しました。

ホテルに帰り、夕日が沈む前に、死海で再度、ぷかぷかすることにしました。

泥を身体中に塗り込み、しばらく経って死海で洗い流すときに、目に1滴の死海の水が入り、目が痛い、本当に痛い・・・。しばらく、痛みと戦いながら、タオルで拭いて、ぷかぷかして、シャワーを浴びて、あまり期待していないディナーに行くことにしました。

マイケルは、ほぼ、スープぐらいしか食べる物が無かったので、スープを美味しそうに食べていました。

私も食べ始めると、スープの中に、牛肉があったので、それを教えると、中断していました。

野菜のグリルとトマトを食べていました。

行き成り、動作が凄いのでどうしたのか聞くと、緑色の唐辛子のグリルを口にしたらしく、そんなに辛いのかと、私も1センチほど口にしてみました。

もう、言葉が出て来ないぐらい辛かったです。

甘い物ばかり食べて、甘い砂糖入りの紅茶ばかり飲んでいたので、私は、痩せるどころか太っておりました。

マイケルは、1週間で2キロ以上痩せていました。

死海からアンマンに移動しました。

ペトラ遺跡を見た後のアンマンでの観光はあまりないです。

スケールが小さいため、観光客がパスするぐらいです。

マイケルはヨルダンに行く機内で、砂漠の話をするので、「言ってくれれば、変更したのに。」と、言うと、「好きじゃないでしょう?」と、聞かれたので、アンマンで市場に行くよりは、砂漠で夜空を見たかったと言い返すと、ちょっと、残念そうでした。

観光箇所を廻っていたら、チケット購入場所で、若い西洋人の2組のカップルから「昨日、死海で会いましたね。」と、言われて、「へぇ?」と、返答に応えていると、彼ら達はヨルダンに2週間いたそうで、ほぼ、砂漠にいて、その後、死海と、アンマンに1泊滞在して、アムステルダムに帰ると言っていました。

IMG_8113

マイケルが「砂漠では何をしていたの?」と、訊ねると、「毎日、水パイプを吸っていたわ。」と、オランダ人の女性が言っていました。

とっても、行きたかったような顔つきで、話していました。

アンマンは市場に行ったり、モスクに行ったりしました。

petra-1

本当に行くところがなく、カフェもタバコの煙や水パイプの煙でもくもくしているので、オランダ人のカップル達のように1泊でも十分かも知れないと思いました。

ヨーロッパの方が安く感じるというほど、ヨルダンは物価が高い場所でした。

もちろん、中東料理が好きな方とかには、問題ないのでしょうが、独特の匂いは、なかなか、微妙です。

IMG_8197

とっても、楽しかった旅ですが、食べ物はイスラエル側では、パンプキンスープ、ベーグル、スモークサーモン、サラダも豊富でした。

でも、異なる文化を体験出来たことは良かったです。

長い旅行記をお読み下さり、ありがとうございます。

ありがとうございます。

IMG_8028

広告

木星が射手座に移動すると、革命級の精神性を身に着けるチャンスが訪れる

20170514_fb8a90

2018年11月8日は、「幸運の天体」と言われる木星が射手座に入る日です。

 

ギリシャ正教会では、名前の日と言う日があります。

 

多くのギリシャ人、キプロス人は、聖人の名前を付けられていることが多いのです。

 

誕生日よりも盛大に名前の主が周りの人達を誘いパティを開催したり、少し前ですと男性には葉巻を配ったりしたそうです。

 

他の聖人の名前の日は、忘れることも多いですが、この11月8日は、大天使マイケルの名前の日であるので、覚えている人が多いです。

 

そんな幸運な日から、12年に一度の幸運の天体が、2018年11月8日から2019年12月2日まで射手座に留まります。

 

この日から、射手座生まれの方はもちろん、1年間は幸運を味わえる年回りになりそうです。

 

木星(Jupiter)は「幸運」「発展」「寛大」「成長」「繁栄や成功」「知識」「学問」「哲学」「宗教」「善の意識」などの司る天体です。

 

射手座の支配星でもある木星ですから、射手座の特徴である、哲学、宗教、考古学、高等教育、外国、言語、書物出版等に関係する事柄が話題になることでしょう。

 

更に、射手座の特徴であるスポーツ、健康、教育、海外旅行、高い精神性などの分野での活動を通じて社会で認められる機会が増え、成功しやすくなるでしょう。

canstockphoto9272109

 

〈射手座の良い要素〉

エネルギッシュ

楽天的

知識が豊富

おおらか

チャレンジ精神

探求心が強い

向上心が強い

いつも前向き

 

20140221_ed0841

〈射手座の悪い要素〉

興奮し過ぎると自分を見失う

計画を立てずに実行して失敗することもある

達成し、手に入れると飽きる、または中途半端

責任感がない

大風呂敷を広げ過ぎる

目標・目的を見失ってしまう

 

良い特徴である射手座であれば、概ね、楽しい人生を送ることが出来る、ポジティブ思考ですから、他の水の要素や土の要素を持つ支配星とは異なり、立ち直ることも早いでしょう。

 

2019年の5月1日には、新天皇、新皇后が誕生致します。

 

新皇后に雅子様となられます。

 

雅子様のお誕生日は、1963年12月9日です。

 

射手座が木星入りする年に皇后様になられます。

 

射手座の特徴でもある外国語などにもご縁がある人が多いのも特徴です。

 

話しはギリシャ神話になりますが、木星をジュピターと言うのは、英語です。

 

ラテン語で「ユピテル」、ギリシャ語で「ゼウス」と表現します。

 

全能の神様と言われ、沢山の神の子の父であるゼウスが、射手座の支配星で木星ですから、広範囲の行動力と宗教心、哲学的思考を持っている方も射手座には多いでしょう。

 

しかし、時として、行き過ぎたり、誇張し過ぎたり、目立ちたいという欲求が強くなり過ぎると、収拾して行くのが難しくなります。

 

良いか悪いかは別として、真実を求めるために、苦労を厭わず邁進していると思いきや、方向転換も早く、ポジティブと言えば良い時もありますが、人によっては飽きっぽさと映ることもあります。

 

もともと、高い精神性でチャレンジ精神も旺盛ですから、高い目標であれば、それに向かって進んで行くことが出来るでしょう。

 

身近に良い射手座さんがいる場合は、恩恵を受け取ることが出来るでしょう。

もちろん、射手座さんが近くにいない場合は、射手座の良い要素を真似ると良いでしょう。

 

射手座が興味を持つ、旅行、スポーツ、図書館、本屋、専門書、海外、外国人、哲学、多国籍料理、自転車、キャンピングカー、飛行機、カフェ巡り、探検・・・。

 

1488454971_pink-girl-hat

楽しみながら、冒険するような、童心に戻れるような感覚を持つと良いでしょう。

 

秘境や砂漠、気球に乗ったり、バンジージャンプ(自己責任で判断)にトライして見たりすると、更に、ポジティブになりそうです。

 

体感すること、経験すること、それが自信にも繋がることになるでしょう。

 

もう、数年前ぐらいから、体を鍛えることは当たり前のような風潮がありますが、射手座の特徴のスポーツするのが好きということもあり、2019年からさらに、スポーツ用品などが売れることでしょう。

 

星空を見るだけの為に、モロッコの砂漠に行くことで、この12年に一度の幸運を実感できる人もいらっしゃることでしょう。

 

社会的にも成功する人も増えることでしょう。

旅行と言えば、カメラですが、今後は、若い人はデジタルカメラよりも、ぼんやりとした画像が撮れるフィルムカメラに注目が移行することもあります。

 

昭和に流行った物、特に、1980年代の古い良き物が家に眠っていたら、是非、掘り出し物で幸運アイテムになるかも知れません。

 

健康志向の射手座さんは、ベジタリアンやヴィーガンになったりする人もいるかも知れませんが、身体部分で肝臓が射手座の弱点ですので、あまり、極端な食生活になると、将来、女性ですと、冷え性や女性疾患を招いてしまわないように気を付けて下さい。

herbaltea33

 

男性ですと、大勢でワイワイ盛り上がることも好きな人も多いので、アルコールの多飲や暴飲暴食には注意が必要でしょう。

 

また、スポーツ好きで、無理をすると、もう1つの弱点は大腿部です。

 

ジムに通ってムキムキになりたい人もいらっしゃることでしょうが、肉離れには注意して下さい。

 

木星が射手座に移動すると良い事も増えることでしょうが、AIやデジタルが進化し、発表されているのも射手座に木星が留まっているときです。

 

例えば、このような物が登場しています。

 

82年→ポケットテレビ

 

83年→ 電子手帳、ワープロ登場

 

95年→デジタルカメラ、Windows95

 

2006年→デジタル一眼レフ

 

これから先もAIが進化して行くことになるでしょう。

 

また、アナログから進化した物も増えることでしょう。

 

古い物と新しい物を使い熟せる人は、今後も重宝されることになります。

 

向上心の強い人が生き残れる時代になることになりそうです。

 

悪い天体ではありませんが、山羊座に留まっている土星と2018年5月16日から移行した天王星の組み合わせによって、不必要な物はどんどん淘汰されて行きます。

 

射手座木星時代には、蠍座木星時代では、通用しないことがあります。

 

それは、義理、恩、情のような、人間的な感情よりも、AI的な感覚で仕分けされてしまします。

 

世界各国の空港で導入され始めた自動化ゲートが増えて行くことでしょう。

 

それと同じような感覚で、コンビニ等も無人化でAIが管理することになりそうです。

 

その為、クレジットカードでキャッシュレス化が増えるお店も増えますが、同時に、インターネットで知らない間にクレジットカードを無断で利用されていたり、お年寄りに親切な振りをして近づき、詐欺的な犯罪も増えることでしょう。

 

射手座木星時代で幸運を掴める人は、知識や情報をいち早く取り入れた人になりそうです。

 

他人がワイワイ騒いでいるときに、勉強し、それを活かして、グローバルに活躍することが出来れば、リストラされることもないでしょう。

 

体力がある射手座さんが多いでしょうから、副業や起業する人もいらっしゃることでしょう。

 

ちなみに、12年前に流行語になった「格差社会」ですが、射手座木星時代には、さらに、この格差には、AIロボットという強敵も現れました。

 

ですから、生き残りたい、成功したいのであれば、自分の才能+射手座の才能、そして、付加価値を付けて行きましょう。

 

最後に、射手座木星時代の恋愛は、中性化的な要素で、頭も良く、体力もある人がモテるときです。

 

女性であれば、高身長でスレンダー、男性であれば、細マチョが話題の中心になるでしょう。

 

ファッションは、アニマル系であったり、砂漠をイメージするような茶色やベージュが流行りそうです。

 

射手座の人も、そうでない人も、幸運を掴んで下さい。

 

元気が出ないときは、エッセンシャルオイルや香水を柑橘系に変えてみるだけで、射手座のエネルギーを手に入れる事が出来るでしょう。

 

射手座さんにとって、極上の年回りになりますように!

 

ありがとうございます。

1418386896_dog-cat

過去を振り返り、先人の知恵を味方に輝こう~2019年に向けて、国際占い師カズコよりメッセージ

canstockphoto28578365.jpg

2019年はどのような出来事が起こるのか?

未来はどのようになるのかチャネリングしたところ、女神アフロディーテから2つの絵を見せて頂きました。

一枚目は、「夕焼け・夕日」でした。

後ろに教会がある素晴らしい夕焼けの絵でした。

夕焼けと教会という哀愁が漂う夕焼けの意味は、明日が今日より幸せに満ちた日であることを司っていることでしょう。

真っ赤な夕日の色はチャクラで言えば、第一チャクラです。

第一チャクラは臍(へそ)の緒を切られた瞬間から活動し始め、生命力を肉体に吹き込み、尾骨から足を通して下へと流し、私たちがしっかりした基盤を築いて、世の中に自分の居場所を見つけられるように手助けしてくれています。

生まれた瞬間、すべての人が母親からのサポートから切り離されてしまいますが、同時に、スピリチュアルな供給源に繋がります。

生存と成長に必要なあらゆるものへと繋がります。

第一チャクラのバランスが取れていると、私たちの基盤は、しっかり根の張ったものとなります。

どんな障害が訪れても、安心して、生きることを謳歌出来ます。

母なる大地によってしっかりと支えられている何百年も生存する大きな木のような姿でどっしりした気持ちを持ち続けることが出来ます。

世界が進化し続ける21世紀になり、世界の8割の人達がスマホ等を持つことで情報を瞬時に共用することが出来るという事は素晴らしいことです。

しかし、目まぐるしく何かをしなければいけないというストレスから、家族揃って食事をしなくなったり、旬の食べ物を食べなくなったり、また、食に興味がないため、スナック菓子や即席な食べ物で済ましてしまうということもあるでしょう。

第一チャクラのバランスが崩れてしまうと、「不安や心配」というストレスに襲われてしまうことになるかも知れません。

そして、軽い不快感から、更には、心配性になったり、鬱になることもあります。

第一チャクラがしっかりしていないと、人生の基本的な欲求を満たすためにひどい葛藤を経験することもあります。

仕事が終わって安らぎを感じられる温かい家、経済的な安定、他人を信頼できる安心という繋がりのような感覚は、自分には持つ必要がないと悩むことになります。

戦後、日本では、宗教=カルト的なイメージが付いて来たため、ご先祖様と関わることも減りました。

しかし、今、この地球に存在しているすべての人には、ご先祖様がいらっしゃいます。

2019年のゴールデンウィーク辺りに、新しい年号を知ることになります。

平成、昭和、大正、明治を生き抜いた方々もいらっしゃることでしょう。

過去で先人が頑張ってくれたから、今があります。

「ご先祖様の存在によって、子孫である私たちが輝ける」ということでもあります。

言い換えれば、ご先祖様からのご加護を大いに受け取ることが出来るチャンスが巡って来ることになるでしょう。

そのチャンスを確実に掴めるのは、日頃からしっかりとご供養している方々になるかも知れません。

ojizousan3.jpg

そうは言っても、「おじいちゃんやおばあちゃんに会ったこともないし、名前も聞いたことがあるけど・・・。」という方もいらっしゃることでしょう。

お墓参りにも訪れたことがないと、仰る方もいらっしゃることでしょう。

そんな方は、日々の生活の中で、夕日に向かって手と手を併せるだけでも良いでしょう。

しかし、ご先祖様とはいえ、生前は1人の人間です。

大なり小なり何かしら罪を犯して亡くなっている人もいます。

また、未浄化霊のまま、子孫にすがって来ているご先祖様もいらっしゃいます。

ご先祖様で未浄化霊になっている魂さん達は、あの世に還ることが出来ないまま、子孫に合図を送り続けています。

そして、子供や動物と言った無垢で弱いものに憑依しようとしてしまいます。

それが、いわゆる霊的障害です。

ojisan5.png

一度、霊的障害でご先祖様が未浄化霊に縋られてしまうと、原因不明の病にかかってしまったり、貧困に陥ってしまったり、なぜだか、家庭や仕事が上手く行かなくなり、幸せが遠のいてしまいます。

苦しんでいるご先祖様がいらっしゃる限り、子孫はなかなか幸せになれないでいます。

では、どうすれば、ご先祖様を助けることが出来るのか?

仏壇がある家では、しっかりとお線香やお花をお供えし、お墓参りも出来るようであれば行い、ご先祖様にプラスのエネルギーをお届けすることです。

あの世に還り、霊的な修行を行い、その結果、霊格が高まることで、背後霊として、子孫を助けることが出来るだけの力を持つことが出来るようになります。

その結果、福運を授けてくれることになります。

運を授けてくれるのは、神様では?と、思われる方もいらっしゃることでしょうが、もちろん、神様も授けてくれていますが、物質的な物や目に見えるような事柄は、ご先祖様からの功徳だったりします。

神様に俗的なお願いをしても叶わないことが少なくありません。

また、どのような願い事も、利己的な願い事は叶ったようで、それは、低級霊からのプレゼントだったりしますので、ご注意下さい。

ご先祖様、そして、他者の為に祈ることで、あなたは幸せになれることでしょう。

新しい課題を遣り始める時期が来ている人もいらっしゃることでしょう。

それらは、先人が残してくれた書物、技術を基に進化させることが出来る何かかも知れません。

また、夕焼けは女性ホルモンを活性化する作用がありますので、出生率が上がることで、ちょっとしたベビーブームになるかも知れません。

子供たちが活躍する場面も増えるかも知れません。

しかし、精神的にダメージを受けている人が子供との関係を正しく築けないために、虐待等もメディアで騒がれることも暗示しています。

また、イベントや旅行、直ぐ近所のスーパーマーケットに行っている間でも、お子さんの手をしっかりと握っておいて下さい。

迷子で見つかれば良いですが、知らない人に連れされてしまい、怖い事件に繋がったりしないように注意をして下さい。

特に、SNSで我が子の可愛い女の子、可愛い男の子の画像を発信している方々は、要注意です。

お花見や花火大会などに出かける際は、服などに場所が認識できる物を持たせたりすると良いでしょう。

去年の全能の神様ゼウスからの2018年のメッセージに現実に起こったことは残念です。

2018年は極暑、台風、豪雨、地震によって自然災害で甚大な被害が出てしまいました。

亡くなられた方のご冥福を祈るとともに、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。

2019年もポールシフトの影響、温暖化、更に、磁場の変化などによって、天災が起こる可能性があります。

どこに起こるかとなると、予想外の所も含めて、同じような場所に地震や台風が訪れることになるかも知れません。

なぜ、こんなにも多くの災害が続けて起きているのか?

私たちは便利さを優先して来ました。

自然が齎す恵みに感謝するよりも、自然を都合よく利用したり、人工的にコントロールすることで、人間の方が神様より偉いことが出来るという意味で、壊してはいけないものまでも壊しています。

もちろん、新しい技術は素晴らしいことです。

世の中を進歩させていくことが文明であり、文明によって人は、人らしく生きられることになります。

しかし、この格差社会では、「もっと、もっと」と、人の欲望は果てしがなく、必要以上に物を欲しがってしまっています。

ある国では山火事、ある場所では、大洪水、古代の人達は、自然の恵みに感謝しながら生存していました。

他人事のように思えた自然災害でさえも、明日は我が身になることを忘れないで下さい。

最低限の災害の時の必需品を用意して置くと良いでしょう。

さて、もう一枚の絵は、「サイコロ」でした。

newmoon.jpg

サイコロと言えば、ギャンブルのイメージですが、双六のようなイメージが視えました。

2019年は、多くの人が、今後の事で、決断を迫られるような出来事が訪れることになる暗示です。

例えば、故郷にいる親の面倒を見るために、環境の変化があったり、授かり婚で相手の故郷に移住したり、結婚によって、かなり遠い場所に引っ越したり、突然の出来事で混乱しいしまうかも知れません。

突然、大きな決断を強いられることで、振り出しに戻る可能性があります。

故郷に帰る人が増えることも暗示されています。

定年後、故郷に帰り、のんびりした生活を始める人もいらっしゃることでしょう。

田舎に移住する人もいらっしゃることでしょう。

先にお伝えしている「過去があるから、輝く」という意味では、世界的に古い物が見直され、すこし進化して、メディアでも取り上げられることでしょう。

大正時代や昭和初期辺りの物が形を変えて、話題になるかも知れません。

既に捨ててしまったようなレコード、イヌのマークのステレオ、カセットテープ、ファッションでも、海外から逆輸入で、地下足袋を連想する靴、服なども着物のような風流な物が身近に登場するかも知れません。

2019年の日本は国としても、パワーが漲っています。

運の強い時期です。

正しい事を行っている人には、とても喜び事が増える時期です。

もちろん、日本に住んでいるから、穏便な生活が出来るかとなると、やはり、精進を怠っていては、良い時期であっても何も起こらなかったということになりかねません。

魂をしっかりと浄化し、ご先祖様や他者に尽くし、神様を敬うことです。

そうすれば、祖国も、ご先祖様にも神様にも守られ、輝かしく、尚且つ、心強い一年を送ることが出来るでしょう。

特に、女性の活躍が目立つことになるでしょう。

2019年が、あなたにとって幸多き年になりますようにお祈り致します。

ありがとうございます。

kaz-2019-mail.jpg

お申込みの開始は10月22日以降になります。

成功したければ、究極の方法は素直に明るい気持ちで感謝すること!

canstockphoto4067987.jpg

こんにちは。

いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

 

先日、誕生日だったので、近所の教会を訪れ、その後、最近、お気に入りの素敵なレストランで遅いランチを致しました。

 

教会に行くのは、私をこの世に産んでくれた母と父、そして、亡くなっている方々に感謝しに行く為です。

 

パワースポットブームも沈下したのかどうか分かりませんが、時に、日本人の方以外でも、このような観点で質問をしてくる人がいます。

 

「教会に行っているのに、運が良くならない」「お寺に行って祈祷して貰っても、金運が良くならない」「あのパワースポットに行くと、恋愛運が良いと聞いて行ったが、もう、10年以上、婚活しているが、出会いがない」等と、仰る方がいらっしゃいますが、その思考に驚きます。

 

教会やお寺、神社は神様をお祀りしている場所ですから、基本、私欲の為にお願いするのはやめた方が良いでしょう。

 

波動が高い場所で、特に、私的なお願いをすればするだけ、低級霊に憑依されてしまうこともあります。

 

お寺や神社に行くのは、神様と繋がりたいと思えるときが良いでしょう。

 

決して、お金持ちになりたい、恋愛運を良くしたいという意味で波動が高い場所を訪れると、私欲的な願いは異なる低級霊が聞き入れてくれるかも知れませんが、幸せかになれるかどうかは、直ぐに分かりません。

 

「波動」という言葉を良く耳にするけど、良く分からないと言う方もいらっしゃるでしょう。

 

「波動」はエネルギーとも言えます。他にも異なる言葉で言い換えることが出来ると思います。

 

この地球に存在する物すべてに波動が備わっています。道端に咲く小さな名のない花、石ころ、電線の上で鳴くスズメでさえも、波動を放しています。

 

あなたが日常的に吸い続ける空気や飲んでいる水も、動く波動です。

 

そして、そのすべてが強力な、「引き寄せの法則」に従って動いています。

 

その波動を仕分けたいと思っても、それは出来ません。

 

また、その波動を仕分ける必要もありません。

 

それは、「引き寄せの法則」は、自然界が常に仕分けしてくれているので、究極のAIとして、似た波動を集め、似ていない波動を遠ざけています。

 

見えない世界はすべて波動で出来ているとも言えます。

 

表面的には不思議なカップルと思える人達でさえも、実の所、同じ波動同士だったりします。

 

先日お亡くなりになられた樹木希林さんと、内田裕也さんは、長い期間別居生活をして来ていらっしゃいましたが、魂同士はとても素晴らしいソウルメイトでいらっしゃいました。

 

樹木希林さんは、1943年1月15日にて、東京に生まれていらっしゃいます。

お亡くなりになった日は、2018年9月15日です。

若い頃に低迷だったとき、樹木希林さんは、自分の芸名を売り払って別の名前にかえ、他の女優さんが遣りたがらないおばあちゃん役を素晴らしく熟していらっしゃいました。

持って生まれた品格と才能で進化し続けた名女優さんであったと言えます。

そんな素晴らしい樹木希林さんは内田裕也さんのすべてが好きと名言していらっしゃいました。

長い期間、離れて生活をしていても好きな人がいると心の支えになれることでしょう。

canstockphoto13098595

あなたには、心の支えになるもの、人がいますか?

 

一昔で思春期を迎えると、自分の欠点に目を向けるようになり、あれこれと悩んでしまいます。「夢が持てない」「目標が見つからない」「目標を持ち続けることが出来ない」等という気持ちのまま社会に出てしまい、就職してからは、夢を見ることはいけないような風潮に感化されてしまい、気づいたときには、体力的にも精神的にもチャレンジできる体制でないから、夢を諦めてしまっていませんか?

 

バブル崩壊以降は、チャレンジ精神、ハングリー精神を持つ人は特別な類になりつつあります。過去の栄光は、社会が組織に従属していれば沢山の恩恵も頂けました。

20世紀の物質的な価値に拘りを持ち続けると高価な物を持っていなければ不幸であるという意味になります。

しかし、周りも見ても分かるように、この数十年で劇的に家族の環境等も変化しています。物も溢れています。鉛筆1本を大事に削っていた時代から、今では、子供でもスマホを持っている時代になりました。

 

物がある時代になると夢も変化して行きます。

 

「お金持ちになりたい」「豪華なセレブ生活がしたい」「あのタワーマンションで生活したい」というような憧れのような私欲的な生活は霊的に向上を目指す人には魅力は感じられないでしょう。

 

日本もアメリカ的な要素が強く反映して来ているため、自分で夢を見つけ、自分で目標意識を高めるしかないでしょう。

 

しかし、「夢」を見つけるのは簡単ではないと言う方も、一流のスポーツ選手が行っていることを遣れば、必ず、より良い未来へと進むことが出来ることになります。

 

一流と呼ばれる人達と一般の人達は目標意識が異なります。

 

強い意思設定で生きているので、その目標に向けて日々、何かしらしていることが多いでしょう。

 

一般の人が成功者の講座やセミナーを受講しているときは、やる気満々でその期間を過ごしますが、終了後の数日後、数週間後、そして、3か月後もその時と同じやる気があるかと言えば、セミナーを受講する前に戻ることあります。

 

もしも、3か月後も同じ気持ちでいられるようであれば、その人は確実に、目標設定が高い人でしょうから、必ず、夢を叶えることが出来るでしょう。

 

人間の脳と言うのは、ストレスに弱いと言うか、基本、楽な方を選ぶ傾向があります。

 

もしも、あなたがある目的地に行かなければなりません。

その時の選択として、ラクダ、または、徒歩で、摂氏45度の砂漠のある場所に行くか、クーラー付きの車で行くかと聞かれたら、経済的な負担がなければ、クーラー付きの車で行く方が良いと思いませんか?

 

成功している人は意外と楽天的な人が多いようです。

 

少し異なるのは、モチベーションが高いところでしょうか?

 

そのモチベーションこそが、成功へと繋がります。

 

一流のアスリートはモチベーションが高い、最後の最後まで、必ず優勝すると信じて試合に挑みます。

野良猫の例で恐縮ですが、縄張りがあり、メス同士でうねり合っているのを見かけます。

目と目を合わせ、身体を大きく見せるために、尻尾も立て、相手を威嚇します。

少しでも目を逸らしてしまうと、相手が飛びかかって来て、鋭い爪で引掻かれてしまえば、お腹を見せて、降参したというサインを送ります。

一度、勝ってしまえば、近寄って来ません。

 

闘争本能がある人は、ここぞというときのチャンスを見逃しません。

canstockphoto5970840

 

どうすれば、成功出来るような闘争心が湧いて来るのか?

 

それは、感情脳を刺激することです。

 

一流のエネルギーを持つアスリートたちは、このような感覚を持っています。

 

・運を高めるには、素直さが必要だ。

運気が悪い人ほど、不平不満をダラダラと他人に話す人がいます。また、言い訳する人もいます。他人の意見に謙虚に耳を傾け、素直になれば、チャンスが増えるになるでしょう。

・私欲的な願望が強すぎると、他人が運んで来るチャンスを掴み損ねる。

自己満足の為に叶えたいことは、持続性がないので、相手を尊重することよりも、自分をアピールすることを強調し過ぎて、他人からのオファーに気づかないでいることもあることでしょう。

 

・悔しさのエネルギーがあれば、闘争心が湧く。

アスリートは常に一番を目指すことが使命である。「負けたくない」という意地、あと一歩で優勝できたという2番ではダメという内心では、傷つけられたプライドを闘争的なエネルギーとして、モチベーションを強化することを知っている。

成功者のほぼすべての人が、一度はどん底に落ちた人間であることが少なくないのは、どん底に落ちたことの悔しさから這い上がる強さを体感しているからでしょう。

 

・感謝のエネルギー

究極で最強は「感謝」のエネルギーです。

最強のエネルギーです。

闘争心と感謝の心は正反対ですが、感謝なくして、モチベーションを高く出来ません。

海外のスポーツ選手は十字架のネックレスをしていたり、パワーストーンをどこかに身に付けています。

試合が始まる前に祈る人もいます。

サッカー選手でゴールを決めた後で、子供の写真入りのTシャツをユニホームの下に着ていて、画面に向かって子供の写真入りTシャツを見せたりする場面もありました。

一流な成功者ほど、自分だけの為に何かを成し遂げるのでなく、誰かのために、使命的な感覚でやり遂げる意思が高い様子です。

 

ツイている人は、ツキの体験なくして、絶対に成功できないということを理解しています。

 

そして、自分以外の他人が、ツキや運を運んで来てくれたお陰で成功出来たということを知っているため、感謝なくして、今が無いと思っている人が成功出来る人になれることでしょう。

 

もしも、あなたが成功したいと願っているのであれば、あなたが思い描く成功者を真似てしまうことです。

その人までにも感謝すれば、必ず、その近い場所までに登れることになることでしょう。

感謝する気持ちは、自分の心を素直にしてくれますし、心を強くすることも出来ます。

混沌とした時代だからこそ、感謝の心を忘れないで下さい。

 

ありがとうございます。

canstockphoto2832849

 

 

過去世からのあなたは赤い糸で繋がれているソウルメイトとどんな約束を交わして生まれ変わったのか?

 

soulmateorage.jpg

生まれ変わった目的、使命、天命を知ることで、魂をより成長させ、宇宙と繋がることが出来ます。

しかし、「人生の目的」を知っても、何もしないままでは、数週間、数か月、数年経つと、今までと同じような「心のクセ」の習慣化された思考に戻ってしまいます。

生まれ変わる前は、「今度、生まれ変わったからには、自分の才能を活かし、何を実現させ、このような人生を送りたい・・・。」と、思いを巡らせて、計画をして来ています。

過去世で失敗したり、後悔したりしたことは、今度は同じような過ちを繰り返すことはしないようにと、「試練」「課題」として、設定して来ている場合も少なくないです。

さらに、現世では、誰と出会い、その人との過去世で果たせなかった課題も含めて、どのような「愛」を育てて行くのか、ということもお互いの魂の成長の為に、考慮して設定して生まれ変わっています。

light-girl.jpg

最終的なゴールは、完璧な愛に溢れた高次元の魂に近づくためです。

そのために、魂は幾度も、転生を繰り返し、霊性を上げ続けて行きます。

愛を一番に実感しやすい人間性は、愛する人を見つけることです。

ここ最近は、日本も含めて、結婚をする年齢が遅くなっています。

キプロスのお隣の国で姉妹国でもあるギリシャでも、女性が結婚する平均年齢は35歳ぐらいからだそうです。男性の場合は、40歳ぐらいだそうです。

フランスのように、結婚しないカップルも増えています。

ユダヤの教えには、「人生で遅くても構わないものが2つある。死と結婚」と言われています。

30年前ぐらいの日本では、売れ残りのクリスマスケーキにならないようにという言葉がありました。

25歳では、遅すぎるという意味です。

今では差別語になると言えるのではないかと思えることを年配者は平気で、30代の女性に言っていました。

そもそも、妥協して決めた相手と本当に幸せになれるのか?

幸せの定義は、人によって様々ですが、婚活で頑張っている人達は、結婚相手に多くの条件を求めていることが少なくないでしょう。

一昔ですと、近所に世話焼きな人がいて、お見合いを薦めて来る人もいましたが、ここ最近は、身分の差別もなく、自由に恋愛が出来るようになりました。

ですが、自由恋愛だからこそ、自分に合った人を見つけるのは難しいこともあります。

数回会っただけで、条件に合ったから、結婚する人もいます。

もちろん、その人とはご縁があって、結婚を決めたのでしょうが、魂の伴侶としての相手であれば、2人に愛があることでしょうから、人生で遭遇する困難を伴に、乗り越えることが出来るでしょう。

しかし、条件で決めてしまった相手と心が通じ合うことが出来ない場合は、相手の条件が変化することで、そこには愛がなければ、長続きしません。

焦って結婚をしてしまった場合は、相手と生まれる前から設定していない魂と初めて関わるために、どこか、気の抜けたサイダーを飲むかのような気分になるときがあります。

また、過去世からの影響で、現世では、「次はこの人」と、一緒に夫婦、または、パートナーになることで、2人の本来の魂の使命を思い出すことが出来ます。

運命の相手と出会うとビビッと来て、身体中に電気が走ったような感覚をするだろうと思っている人もいらっしゃるでしょうが、誰でも特別な感情が湧くとは限りません。

意外と、最初の印象は「馬が合わない」「真逆だ!」と、感じることもあるでしょう。

もちろん、懐かしさを感じることもあります。

Romance_by_immortal_darkness.jpg

また、物理的に何年も離れていたり、遠距離恋愛のような国を越えた場所にいるのに、「なぜか、ずっと気になる」ということもあります。

その感情の奥底には、「何かを感じる相手」なのです。

さらに、相手と交流を深める中で、その相手は「良い影響」を与え合えるわけでもありません。

それは、ソウルメイトも、あなたも、生まれてから今まで、同じように成長を遂げているとは限らないからです。

どちらかの魂が、「成長すること」をさぼり、未熟な魂のままでいたならば、出会っても、ピンと来ない場合もありますし、相手の発言が嫌で会いたいけど、会いたくないという気持ちに陥ることもあります。

「良薬苦し」という言葉もありますが、未熟な魂が成長して行く為に、本能的に相手の弱点を突いた会話をすることもあります。

若ければ若いほど、その発言で傷つくこともあるかも知れませんが、年を重ねて再会したときに、未熟な方が試練を乗り越えて、成長していれば、同じような価値観に到達したことで、話も合うことでしょうし、良い関係が築けるようになっているかも知れません。

お互いに「成長したい」という意欲がなければ、ソウルメイトが持つ、特別な魂の伴侶として、より良い形で発揮することは難しいでしょう。

真のソウルメイトと出会い、その特別な関係をポジティブな方向に活かして行くには、「心を開いて魂を見せ合う」ことです。

魂を見せ合うということは、「自分の心に素直になる」ということです。

I_Want_to_Fly.jpg

相手に、自分の都合で愚痴を言ったり、コントロールしたりすると言う意味ではありません。

そのためにも、何度も申し上げていますが、「自分を知る」ことが重要なのです。

1人でいるときよりも、愛する人といると、感情のコントロールが難しくなります。

まずは、お互いの関係から生まれる自分の感情を冷静に見つめることです。

その感情が自分にどのような「本質」を伝えたいのか、理解する必要があります。

自分と向き合うことで、よりいっそう自分を理解することが出来ます。

自分に対する理解が深まれば、「心のクセ」を克服したいと願うことでしょう。

そして、心は軽くなり、相手に対して自然に心を開くことが出来る事でしょう。

赤い糸で繋がっている真のソウルメイトは、相手の魂の成長を待ち続けています。

もちろん、出会う時期や場所、タイミング、カギになる共通の誰かを通じて繋がりを持たせる出来事も生まれて来る前から話し合っています。

同じように「出会う時期」でも、「何歳になったら、出会う」と決めていることもあれば、「互いの魂の成長がどれぐらいになったら、出会う」と、決めている場合もあります。

shaman-slavic-26.jpg

確実に運命の相手と出会うためには、「生まれた目的」を知り、「互いが設定した使命に向い、魂を成長させること」です。

魂を成長させることで大事なことは、カルマの清算も不可欠です。

この世に偶然の出来事は起こりません。

例え、偶然に思えても、その現象が起こるべき理由があります。

例えば、あなたを好きになった男性から告白されたとします。

しかし、その相手を好きになることが出来ません。

skybuleaure.jpg

そして、「こんな魅力のある私と付き会おうとしても、釣り合うことはないでしょう?」と、相手を見下した言い方をしてしまって、その後、その相手の友人だと知らずして、好きになってしまい、交際を申し込んだら、自分が言ったような口調で断れてしまい、辛い思いをしてしまうような出来事は、敢えて、自分も同じように「人に見下されるとこういう気持ちになるのか、次からはしないように」と、その辛い思いを通じて、「人を思いやること」を学ぶことが出来るのです。

私たちが生きている世界は3次元ですから、「自分の蒔いた種」が返って来るにも時差があります。

良い行いをしていれば、それは宇宙貯金として、貯まり、明日かもしれないですし、1ヵ月後、10年後、または、来世に返って来ることになるかも知れません。

良い行いを続けても、肝心な相手と出会うことが出来ないと嘆いて、未来に不安を抱えてしまう人もいらっしゃることでしょう。

もしも、そう思っていても、諦めることはありません。

girlwithwhitedress.jpg

しかし、あなた自身が変わる必要はあります。

いくつかの方法があります。

・ネガティブな自分と向き合い、そんな自分でも、認めてあげること。

・幼少時代に受けたトラウマが意識的に自分の視野を狭めていることもあるので、視野を広げる経験をすることです。

・親との関係で委縮している場合もあります。改善するためにも、親の良い所を見つけ、楽しかった思い出や写真を見て、自分を癒しましょう。

・お付き合いしている場合は、相手の姿に焦点を当て、感謝することです。

・失敗に思えるような人間関係の中には、幼少期の親との関係を再現している場合もありますので、苦しかったこと、辛かったこと、寂しかったことをノートに書き出し、その人達を許してあげることです。

そして、最後に、どんな時でも、頑張って来た自分を褒め、どんなにダメな自分でも、認めてあげることです。

app1angel.jpg

素直に、明るく、謙虚に、行動することで、あなたの魂は成長して行くことでしょう。

そして、気づいたときには、心から笑え、あなたの側に、過去世からのご縁のある人と共に、この人生を歩いて行くことになるかも知れません。

ありがとうございます。

波動が高くなると、宇宙に味方される

uranaihp2.jpg

波動が高くなることで、運が良くなるということは頭では分かっていても、どこか人事のような気がしていることもあると思います。

波動が高くなると良い事が起こります。

結婚を諦めていた人が玉の輿に乗れることが出来た。待望の赤ちゃんが出来た。転職活動をしなくても転職できた。倒産寸前のお店経営で売り上げが上がった。予想外の所から臨時収入が入ってきた。独立しようと思っていたら、経営者が引退するので譲り受けることになった。海外との縁が出来、招待された。分かり合える仲間との出会いができた。

love-wallpapers-25.jpg

まだまだ、色々なことがあります。

見る人が見れば分かりますが、波動が上がると表情が変わります。

「良い事があったの?」と、聞かれるようなオーラを醸し出しているからです。

開運するには、3つの条件が必要です。

1.まずは、必ず出会いがあります。

今のあなたを引き上げてくれるような相手と出会うと、人生は驚くほど加速して好転して行きます。

2.あなたにとっての波動の高い場所を訪れることです。

3.感謝の気持ちを忘れずに、徳を積むことです。

こんな例があります。

学生時代は何をして良いか分からず、親の意見で無難なところに就職し、毎日、平凡な生活を送っていた人が、あるドキュメンタリー映画を見た影響で、その場所を訪れ、その後、遭うべき人と出会い、人生の途中から運が強くなり、成功したことで、多くの人に貢献することが出来るほどの経済力を持つことが出来ました。

その人は無意識に、波動の上がることを遣ったことで、人生が好転しました。

すべての人が宇宙に味方されることで、運が強くなることを実感できると思います。

さて、運の良さとは何でしょうか?

それは、「タイミング」です。人生が大きく変わる要素はタイミング次第です。

自分で何かをしようとするのではなく、不思議なタイミングが働いています。

例えば、日本の昔話でタイミングを象徴している「わらしべ長者」は、たまたま、手に掴んだ物を交換し続けて、最後には可愛いお嫁さんまでも手に入れることが出来ました。

映画なども、最悪の状況になったときに、タイミングよく助けてくれる人が現れることで、ハッピーエンドになり、観ている人を元気にしてくれます。

日常生活では、タイミングが合う瞬間に遭遇することがあります。

バスや電車がタイミングよく遣って来たり、雨が降るかなと思っていたら、出かける時間に晴れて来たりします。

初めて訪れた場所なのに、良い出会いに恵まれたりすることもあります。

良い波動は日々の生活で良い想念の積み重なりで出来ています。

幸運な事を継続させる為にも、日々の生活に調和を齎すことです。

Santorini_cat7.jpg

もしも、あなたが今、運気が良くないと思えるようであれば、何かしらのマイナスの要素を作り出している可能性があります。

例えば、誰かの事を悪く言ったり、他人を羨んだり、相手に嫉妬したり、愚痴り過ぎたり、不平不満が多く、また、そのようなときは、同じような同調するタイプの人が側にいるかも知れません。

また、何でも自分で遣ろうとする頑固な性格な人は、誰かに頼ったりすることを恥だと思うことで、大きな壁に衝突してしまうことで、運を下げてしまっていることに気づかないでいます。

不満ばかり言っていれば、どんどん人が離れて行きます。

自分で遣れることも限界があります。

時には、甘え上手も波動を上げることが出来るのです。

宇宙に好かれるようになるには、あなたの想念が「調和の方向」に向かって行っているのかどうかを再確認する必要があります。

太陽や月、星、地球、その他の惑星なども、すべてがバランスよく調和の中で存在しています。

調和を妨げるものがあると、波動が下がり、運も下降して行きます。

偶然は宇宙に好かれるとやって来ます。

タイミングを無理矢理引き寄せようとしても、偶然に訪れることはありません。

つまり、偶然に起きているような出来事は、すべて必然的だからです。

波動が高くなる兆候は、「人、物、情報」が、絶妙なタイミングで遣って来ます。

それは、妨げになるものがない状態だからです。

特に、幸運の鍵を握っている人を引き寄せるためには、一緒に居て、心地よさを放出するエネルギーを保つことです。

「あの人といると、元気が出る、あの人といると、温かい気持ちになる」と、思われる波動を放つことが出来るようになれば、あなたはすでに、高い波動を持ち合わせていることになります。

そして、最後に、笑顔と感謝の気持ちを忘れないでいれば、良い出来事がタイミングよく訪れることで、人生が良い方向へと進んで行くことを実感出来るでしょう。

ありがとうございます。

※波動を即刻上げるパワーストーンは、モルダバイトです。

moldavite2015aphrodite8.jpg

幸運グッズSTORE

アフロディーテ・バザー

http://aphroditi.ocnk.net/

移動することで運命を切り開く秘法をお教え致します

france-robots-and-automation.jpg

運命学では、通常は「人の運命は生まれたときに定められ、変えることは不可能だ」と、考えられていますが、この水瓶座の時代は通信機や交通手段の発展によって、場所の移動をすることで運を開くことが出来ます。

すべての人が生まれたときから持って生まれた「星」があります。

その星の影響によって、宿命が定められています。

しかし、宿命と言うのは、体で言えば、骨格のような物で、骨を削ることは難しいことですが、筋肉や脂肪は鍛えることで体型が変わります。

また、身体を纏う服の素材や似合う色を着ることで、その人の印象が変わります。

更には、女性であれば、お化粧をすることで、別人のような魅力的なオーラを醸し出すことも可能です。

なぜ、昔の人達は、運を開くことが出来なかったのかという理由の1つに、「場所の移動」が可能だったのは上流階級の人々だったからです。

ですから、「場所を移動することで運命を変えることが出来る」という事は、古き時代から、一部の人達の間では信じられて来ています。

ここ30年間で、一般の人々が海外旅行に簡単に旅行できるようになりました。

手頃な値段で航空チケットも購入することも出来るようになりました。

日本国内よりも、海外に行く方が安い場所もあります。

スピリチュアルがブームになり始めた1990年代頃より、移動することで運命が変わるということが実証されるようになり始めました。

複数の国を訪れたことがある方には分かると思いますが、移動したことによって、その場所での体験が感動的であり、また、訪れたくなると思うことで、帰国してからも、その場所の事が頭にあり、その国の語学を学び、また、行きたいから、一生懸命に働き、貯金をして、再度、その場所に行き、そこで伴侶になる人に出会い、永住する人もいます。

生まれた場所、生まれた時間等から割り出して、どの国があなたにとって、仕事運、金運、恋愛運、さらには、健康運等も分かります。

しかし、それを知らなくても、無意識に誰もが普段から体験していることが分かれば、偽開運場所を作り出すことが出来ます。

Santorini-fb.jpg

・幼い頃からその国に強く惹かれる

・その国に行ってから、その国にもう一度行かなければならないという気持ちが残っている

・その国の食べ物が好き

・その国の文化が好き

・その国に友達がいる(SNS、YouTube等)

・その国の音楽が好き

・その国のワインやお酒が好き

・その国の語学を学んでいる

3つ以上ある場合は、その場所があなたにとって開運場所になる可能性が高くなります。

しかし、場所の移動による開運は、必ず、「自分を知る」ことが不可欠になります。

その理由に、自分自身を知る事、理解することが、運命を変えて行くことに繋がります。

古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトス(紀元前540年~紀元前480年)も、「人の性格は、 その者にとってのダイモーン(守護神、運命)である」と言っているように、運命は生まれ持った性質で決まります。

ですから、自分を知る機会を持つことが出来る人は幸運です。

どのような宿命を背負って来ているのか、自分自身の使命は何なのか?と言う事を知れば、その場所に生まれたことで解消するカルマがあり、さらに、大きな志を果たすためには、どうすれば良いのか?という疑問が出て来ます。

そして、生まれ持った性格は変えることは出来ません。

しかし、場所を移動することで、少しずつ性格が変化して行きます。

日本のXX県のXX市に生まれたときは、内向的で、これと言って夢も無かったが、ある本や絵、動画を通じて、その国に行きたいという気持ちが湧いて来たことで、まずは、そこに行きたいと思うことで、内面が変化して行くことがあります。

私事で、恐縮ですが、初めてのヨーロッパ旅行は単独でフランスでした。

パリのうどん屋さんで日本人の女性にフランス語で「さようなら」と、言われたのが印象的で、その後、シドニーのフランス語学校に通うことになりました。

その後は、周りはフランス人だらけになり、その時代に一番流行った映画を何度も見ました。

その映画の最初のシーンが白黒でギリシャ人の僧侶がコインを投げて、フランス人の少年たちが海に飛び込むという場面なのですが、独特なギリシャ正教会の鐘の音に、なぜか惹かれていました。

その映画の音楽がニューカレドニアに行っても掛かり、あまり意識しなくなった頃、前夫が他界してしまい、シドニーと東京を行ったり来たりしている間に、ある友人と話の中で、彼女が次に行きたい国の話を聞いていました。

「今度は知らないと思うけど、キプロス島に行きたい」と言うので、「どこ?」と訊ねたことを覚えています。

私の中では、いつも、余生はスペインがいいかな?と思っていたので、その後、初めてキプロスに来て、その後、日本、ロンドンを旅して、キプロスに移住することは夢にも思っていませんでした。

その友人も、世界大会がキプロスで開催されたので、キプロスで再会することになりました。

そして、同じ年に、ギリシャに行き、何度も映画で観た場所に行くことが出来ました。

今では、すっかりキプロス生活を満喫しています。

私と主人にとっては、シドニーは悪い場所ではありませんでしたが、2人とも経営者ということで、仕事は忙しいが、金運はシドニーではありませんでした。

シドニーから移動するとなると、基本、北に移動することはありましたが、ヨーロッパは高くて、遠くて、なかなか移動するには難しい場所でした。

キプロスに移住してからは、秘境と呼ばれる場所や聖山アトス、アルメニアにも行く機会が訪れました。

開運するために移動しているわけではなかったのですが、気づくと、その場所に行くことになったりしました。

あなたが、将来的に、移動することで開運になる場所は早い段階で訪れることをお薦め致します。

その開運場所を訪れることで、健康になり、成功、名声、芸術的なエネルギー等もパワーアップすることが出来るとしたら、行かないでいる理由はないでしょう。

著名人と言われる人、霊能者等も、充電という理由で、移動する人が少なくないです。

旅行好きな人も多く、異文化に触れることで、ワクワクする人もいます。

出来るだけ遠い方が、パワーアップします。

もちろん、国内でも移動することで開運する場所があります。

最低でも800キロ以上の場所を移動すると、あなたの邪念や悪い物がリセットされます。

そして、そこの旬なパワーフードを食べ、元気に自宅に帰り、運命をより良い方向に変えて行くことが出来ます。

ただし、運命を変えることが出来るのは、あなた自身が「自分自身を知る」ことです。

girl-lake.jpg

志が強い方が、天命を果たすことが出来ます。

是非、今年の目標の1つとして、幼い頃から行きたかった場所を訪れることで、開運に繋がることになるでしょう。

最後に、もし、幸せな恋愛、結婚をしたい人は、女神アフロディーテのエネルギーであるペトラトゥロミウの画像や実際に訪れる機会があれば、開運場所として、強い女神のエネルギーを受け取ることが出来るでしょう。

※アフロディーテのエネルギーは金星です。金星のエネルギーの幸運グッズ等も活用すると良いでしょう。

ありがとうございます。

angel%27reading.jpg

願望を叶えるための心の習慣術

sleep-dog.jpg

こんにちは!

カズコです。

いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

30年ぶりに土星が12月20日、山羊座に移動しました。

もともと、土星は山羊座の支配星ですから、土星は山羊座に留まっているときに、もっとも典型的な働きをします。

典型的な働きとは、制限・束縛・困難・不運を司る惑星です。

土星は努力と忍耐を必要とする重たい責任や試練をもたらす惑星と印象が強いため、暗く重たい陰気な凶星として、敬遠されていますが、必ずしも、そうではありません。

現実を生き抜くためには、知恵や経験は土星からも贈り物です。

人は幸福よりも、苦労によって鍛えられることが多いです。

魂も肉体も、鍛えることで成長することが出来ます。

また、努力をして来た人にとっては、「安定」という意味では、「土」に関係する良い出来事が訪れることになります。

例えば、不動産を手に入れることが出来たり、田舎暮らしを始めることで、病気が改善されたりすることもあります。

長年、都会で生活して来た人が、故郷に帰ることで、安心感を得ることで、晩年から才能を発揮することで、故郷に貢献できることもあります。

しかし、今回、後ほど、お話する「願望を叶えるための心の習慣術」は、運がいい人は、強運です。

強運になる為にも、土星の力が必要不可欠になります。

「 舞い込んできた運気を安定させる 」「 幸運を永く続かせる 」ために、援護的なサポートをしてくれます。

さて、2018年の最初のお年玉キャンペーンとして、カリブ海の「愛と平和のパワーストーン・ペンダント」を販売予定しています。

幸運グッズSTORE【アフロディーテ・バザー】にて、告知致します。

http://aphroditi.ocnk.net/

insta.png

どうぞ、御見逃しなく!

今年もあと10日間となりました。

今年、ご縁が出来た方、また、もう、20年以上、ご愛顧下っている方々、本当にありがとうございます。

来年も今年出来なかった企画をご用意しております。

どうぞよろしくお願い致します。

是非、この記事をお読みになり、2018年が輝かしい年になりますように、心よりお祈り致します。

ありがとうございます。

icon30.jpg

【願望を叶えるための心の習慣術】

突然ですが、あなたは「運がいい」と言われたことがありますか?

世の中には、「運がいい」と言われる人達が存在しています。

その人自身、運がいいと実感したことがなくても、周りの人達からは、「あの人、運がいいよね?」と、思われている人がいます。

能力的には、それほど違いがないと思えますが、片方はなぜか「運」に恵まれ、人生を益々好転させて行っている人、もう一方は、八方塞がりのような状態で悲惨な人生を送っている人、その違いの原因は「心のクセ」「心の習慣」「人間関係」によるものかも知れないと知れば、あなたの人生がより豊かにイキイキと輝けることになるでしょう。

この混沌としたアセンションが加速している時期に、あなたの人生を変える1つの機会に繋がってくれることが出来れば本望です。

ギリシャ人の天才哲学者と呼ばれたピタゴラスの法則を今風にアレンジした人達の本で一躍、引き寄せ本が世に出回りました。

しかし、本を買って実践しても、「良い事が起こらないのはなぜ?」と、思ってしまった人もいたはずです。

この現象は、初詣に行き、神社の前で手を併せ、あなたは心の中でこのように呟くことでしょう。

「今年こそは、結婚出来ますように」

「どうか幸せになれますように」

「今年は良い事がありますように」

ほぼ多くの人が、そう拝んでいると思います。

また、お年始に目標を決意し、半紙に墨で、今年こそは実現出来ると意気込んで書いたが、目標に達成しなかったのは、書いたことで、すでに満足しているからです。

幸運は待っていても訪れることはありません。

強運と呼ばれている人たちは、積極的に動き回る特徴があります。

つまり、幸福とは天から降って来るものではなく、自分の手で作り出すものと、自覚しているため、自分の運命を支配しているのは、自分自身だと言う信念を持っているため、結果が良くても悪くても、自分のしたことは自分に責任があると考えています。

運が悪い人は、自分の運命は他人が握っていて、自分は振り回されていると感じているため、「こんな家に生まれたから、私は不幸だ。」「この人と結婚さえしなければ、私は不幸にならなかったのに」「あの人のせいで、私は職を失った」「妻が反対するから」等と、他人に責任を押し付けて、被害者意識を強くしています。

弱気の人にはツキが巡って来ることは少なくなります。

pop-angels.jpg

ここで、小学生ぐらいに多分、やったことがあると思いますが、椅子取りゲームを想像して下さい。

椅子の数が多いときは、座れる確率が高いので、音楽が止まった途端、近場の椅子に腰を掛けることが出来ますが、最後のイスとなると、気が強く、音楽に合わせてテンポよく、動き廻る人が椅子を勝ち取ることがあります。

強運と言われる人は、ほぼ、気が強いです。

普段は、朗らかなタイプの人であっても、何か起こると、胸を張って、前に進むような気質を持っています。

経営者になる人のほとんどが、強気な性格です。

フランスの皇帝ナポレオン一世もこのように名言しています。

「状況。何が状況だ。私が状況を作る」と、言っています。

実力、才能、さらに、強気でないと、幸運を待っていても、何も始まりません。

では、どのように心の習慣を変えれば、運が良くなるのか、と言えば、それほど、難しくありません。

強運の人は自分の長所を知っています。

運が弱い人は、不満が多く、嫌なことがあると、いつまでも引きずってしまったり、人の意見に左右されてしまいやすいため、折角、運が良くなる機会がすぐ側まで訪れても、理由を見つけて、環境や状況が変わることを恐れたり、面倒だったりするので、そのままの状態を維持してしまいます。

以前にも、お話していますが、例えば、お金持ちになれる要素があるかは、幼少時代の両親のお金の考え方や使い方に影響されています。

人生の先輩である親から、お金の扱い方、考え方を教えられ、そのお金の設計図は、コンピューターのプログラムのように、インプットされています。

ですから、無意識のうちに、この指示に従って、お金を使っています。

資産が増えない人は少なからず、3つの問題を抱えています。

1・幼少時代に影響のある大人(大概は母親)が、お金に対するどんな言葉を聞いて育ったか。

2・幼少時代にどんな人のどんな行動に興味を持ったのか。

3・幼少時代にどんな経験をして育ったのか。

1番の母親が専業主婦だったりすると、やりくり上手でない場合、お金に余裕がなく、お金の事で父親と喧嘩をしたり、「うちは貧乏だから・・・。」と言うような言葉を聞いて育った場合は、貧乏であることが、当たり前で良いと、思うこともあります。

お金もそうですが、不満が多い、母親に影響されて、育った場合は、同じぐらいの年齢に差し掛かると、自分も同じような思考になっていることがあるかも知れません。

shaman-slavic-8.jpg

その埋め込められた思考を変えない限り、強運になれません。

思考、想念は、悪い事には反応し易いのですが、ポジティブな思考になるまで、時間が掛かります。

パソコンと同じで、一度、リセット出来れば、良いのですが、それは難しいので、「上書き」をし続けることで、プログラムを更新して行くことが出来るでしょう。

自分のここが好きな事や、自慢になるような事を想い、「私はツイている」と思うことです。

それはどんなことでも、構いません。

自分だけがそう信じ込むだけで良いのです。

例えば、「私は気さくだ」「体は頑丈だ」「笑顔が可愛い」等、何でも良いのです。

3か月ぐらい掛けると、思考の変化を実感出来るでしょう。

愚痴を言わなくなるだけでも、あなたの人生が変わって来ます。

そして、巨額の富を持つ人にも、あなたにも与えられた平等な物があります。

それは、「時間とチャンス」です。

あなたは時間を有効に使っていますか?

もしも、来年から、そうしようと思っている方、今から、始めて下さい。

お屠蘇気分で余暇が出来れば、そうしようと思っていると、春が来て、花見モードになり、その後は、暑いから、涼しくなってから・・・。と、放置してしまった願い事はどうなってしまったのか?

その願い事が叶えば、あなたが幸せになれるかも知れないのに、もう、何年も諦めては、年始を迎えると、「今年こそは、XXXが叶いますように」と、願っても、願いが叶わなかったのは、その意気込みはあるが、「いつかやればいいや」と、ズルズルと先延ばしにしている、心のクセがあるからです。

大人になってからは、誰かに指導して貰うことも少なくなります。

newaphrodite3.jpg

ある調査によると、「締め切りのある目標の方が、期限のない目標よりもはるかに大きな成果がある」と、言われています。

本来、人間は怠け者ですから、余程のことがないと、重い腰を上げることが出来ません。

不平不満を言っている人の側にいると、エネルギーを吸い取られていることもあります。

だからこそ、「運」を連れて来てくれる「良い人脈」を引き寄せることも大切です。

「類は友を呼ぶ」という諺があるように、あなたの周りにはどんな人がいますか?

もしも、愚痴ばかり言う人が多いママ友の集まりに参加する度に、疲れてしまうのであれば、その時間を有効に使い、習い事やパートに行く方が、運が下がることはないでしょう。

運がいいと言われる人は、人に好かれ、信頼されている人間関係を築いています。

だから、何か悪い事が起きたとしても、援護してくれたり、能力を認めて引き上げてくれたり、助言をしてくれたり、運がいい人を引き合わせてくれたりしてくれます。

また、あなたにとっての幸せも知る必要があります。

どんなことを想い浮かべると、気持ちがワクワクしますか?

そして、あなたの目標、願望を叶えるためにも、自分が他者に喜ばれる事を行っているかどうかも、将来の幸せのバロメーターになります。

他人に喜びを与えているうちに、あなたに幸運が舞い込んで来ます。

幸福になれる人は、人に喜びを与えられる人です。

そんな人になるためにも、失敗をおそれずに、「自分は必ず大丈夫!」「成功する」「運がいい!」「良い経験をした」という自己暗示をかけて、幸運を自らに招き寄せて下さい。

運のいい人とは、多くの厳しい体験を通して、粘り強く努力を続けることで自分の夢に近づく人ではないでしょうか。

その源となる、志、野心、強い信念が必要でしょうが、自分に限界を設けない人でもあるでしょう。

もしも、あなたが、今、不満を持っていて、夢の実現を果たしたいと願っているのであれば、まずは、何を得たいのか、それを明確にして下さい。

その強い信念があれば、時間が掛かっても、「運」を呼ぶことが出来るでしょう。

夢が大きければ、大きいだけ、時間が掛かります。

人生はマラソンと同じで、練習もしないのに、フルマラソンに参加出来ないでしょう。

それと同じで、運動不足な人は、まずは、ウォーキング、そして、ジョギング、さらに、ハーフマラソンで体の感覚を覚え、フルマラソンに挑戦して下さい。

強運も日々も生活で、経験を重ね、ここぞというときに、チャンスを掴むことが出来るのも、小さな前兆が積み重なり合い、チャンスとなります。

強運の人は感(カン)が強い人が少なくないです。

この感も、日々の修錬から、高めることが出来ます。つまり、それは、アンテナみないものです。チャンスを掴むためには、情報や人との会話でピーンと来ることがあります。

日々の生活の中で、このような習慣を身につければ、あなたも今日から、「チャンスを掴む人」になれることでしょう。

fether.jpg

チャンスを掴む人になるための習慣術

・不平不満はほどほどに

・他者が喜ぶことを行う

・時間を有効に使う

・カンを鍛える

・幼少時代の押し付けられた価値観の上書きをする

・運がいい人から学ぶ

・多くの様々な体験をする

・奉仕活動(上級者向け)

・自己暗示

・変化を楽しむ

・新しい趣味に挑戦する

・旅行に出かける(上級者向け)

・いつもと異なる髪型や服装に変えて出かける

・パワーフードを食べる

・いつも聞かない音楽を聴いてみる

・若い人と話をする

・若い人が話題にしている音楽や本などを体感する

そして、最後は、諦めないで、素直で、明るく前向きで、大らかな人になれば、いつからでも、女神があなたに幸運を齎してくれることでしょう。

私もなかなか難しいから遣らないで放置していたギリシャ語を学ぶことにします。

ありがとうございます。

little-girl.jpg

 

 

ソウルメイトを探し求めて~どうすれば会えるのか?PART35

【運命の赤い糸の人と出会い、幸せな人生を生きる】

little-girl.jpg

真のソウルメイトに再会するためには、必ず、意識の次元を向上させる必要があります。

出会っただけでは、深い関係に繋がることは出来ません。

特に、ソウルメイトの中でも、ハードルの高い、ツインレイと現世で一緒に使命を果たす計画を立てている魂ほど、過酷な人生を歩むことがあります。

なぜ、ツインレイと出会う為に、過酷な人生を選んで生まれ変わっているのか?

その理由は、神様、宇宙と呼ばれる創造主の願いを人間の架け橋として、人の意識の次元を引き上げ、魂としての成長を助けるという使命を堅く決心して生まれています。

過酷な人生を選ぶ多くの魂はほぼ古い魂です。

前世療法のようなセラピーを受けることも出来ますが、今回はこちらの項目チェックをお試しください。

Mirai.jpg

あなた自身が古い魂かどうかを知るための項目チェック

1・秘境と呼ばれているような古い歴史のある場所に興味がある、または、訪れたことがある。

2・星や天体に興味がある。特に、太陽や月に興味がある。

3・スピリチュアル、精神世界に興味がある。

4・海や山、自然が好き。

5・クリスタル、水晶、石等が好きで、集めている。

6・動物や植物が好き。アロマオイルやお香、キャンドルが好き。

7・母国語以外に複数の語学が話せる。

8・外国に興味がある。

9・ベジタリアンである。フルーツが好き。

10・幼少時代に、祖父母に育てられた経験がある。

11・絵画が好き。絵や書体を描くのが好き。クリエイティブな事が好き。

12・旅行、または、引っ越しが多い人生。

10つ以上に〇が付けた人は、確実に古い魂です。

古い魂であるために、他の人々とともに生きるのが、辛かったりします。

また、古い魂の特徴は、孤独好きだったりします。

ツインソウルよりも、ツインレイとして、現世で運命の赤い糸の人と再会できる人は、とても幸せなことです。

ここで、もしかすると聞き慣れない言葉のツインフレーム、ツインレイとは、何なのか、お伝え致します。

Romance_by_immortal_darkness.jpg

ツインフレーム

ツインソウルよりも結び付きが強い魂です。

一人につき7人存在しています。

輪廻転生を繰り返す中で、様々な仕事や社会貢献の連帯性の絆が強いのが特徴です。

性別を超えた深い愛が特徴です。

お互いが同じ課題を目的に生まれて来ています。

非常に献身的な集まりでもあるようです。グループソウルとも言えるでしょう。

ツインソウル

双子の魂。

男女である場合、または、性別が同じだったりもします。

出会ったときに深い親近感を感じます。

魂の成長のために恋愛、結婚をすることもあり、ツインソウルがツインレイである場合もあるでしょう。

ツインレイのように国籍や宗教などが異なることがないので、同じ人種同士と繋がることになります。

顔かたちも似ていたりします。オーラも非常に似ています。

girlwithapple3.jpg

ツインレイ

神様があなたを創造した際にスピリチュアルワールドの最終的な場所に行くための究極の相手。旧約聖書の意味から申し上げると、「アダムとイブ」と言えるでしょう。

常に別の性別で生まれ変わるのが特徴。

その出会いは常に喜びと祝福に包まれているそうです。

魂の成長の為に、お互いに正反対の課題を与えられてこの世に生まれ変わります。

例えば、宗教、国籍、環境……。

そのような関係ですが、高次元のスピリチュアルガイド達は、多くの人たちが究極の相手と出会って欲しいと願っています。

ツインレイが困難な過去を越え、出会い、そして結ばれる事が私たち人間の魂の輪廻転生を繰り返す真実の課題です。

girl-walk-beach.jpg

愛する人を探し求めるために乗り越える苦難の計画を立てて生まれ変わる人に用意された課題があります。

5つほどの苦難の道を乗り越える必要があります。

第一の道のり 幼少期から出会いまで

第二の道のり 出会ってからの意識確認

第三の道のり お互いの価値観や背景からの違和感

第四の道のり 一時的に別れる、沈黙の期間

第五の道のり お互いの霊性が上がり、覚醒期間

第一の道のりハードルが一番高いかも知れません。

それは、人と言うのは、自分の事を知らない為に、条件の良い人と結婚すれば幸せになれると信じています。

つまり、それは自分の求める相手ではなく、生まれ育った環境や両親等から植え付けられた価値観であることがあります。

例えば、収入が多い人と結婚すれば、幸せになれるという世代の母親に育てられると、絶対条件に収入が最低800万円以上、身長が175センチ、主婦を希望してくれる人でないと、結婚したくないと決めている人もいます。

自立している女性は現実を知っていますから、自分にない物を相手に求めません。

自我が芽生える頃から、母親の価値観を受け入れたて生きて来ていると、本当に自分が「この人となら、苦難を乗り越えられる」と、いう決め手がないまま、どこか流された感覚で結婚式を終え、いざ、一緒に住み始めると、細かい事までも嫌な気持ちが湧いて来ることがあるかも知れません。

それは、自分がなぜ、この世に生まれ変わったか知らないため、同じ目的でない人と結婚したために、条件は良いが、愛することが出来ないために、一緒に暮らしているとストレスになってしまいます。

pathyourlife.jpg

ですから、第一の道のりに辿り着く為には、あなた自身を知ることです。

簡単な感覚で言えば、周りの人から、青い色の服が似合うと言われて、それを着ていると、周りから褒められるが、本当は黄色い服が好きという心理です。

好きな服を着ていると、自分らしさが表現されますが、それほどでも好きでない色は微妙に気持ちにストレスになることがあります。

愛する人と再会するためにも、自分らしい生き方を追求して下さい。

特に、ソウルメイトを引き寄せる手助けをしてくれるのは、惑星の金星のパワーです。

金星は女神アフロディーテを司っています。

金星は愛と美の惑星です。女性が女性として美しく愛に溢れた人生を送れるようにサポートしてくれることでしょう。

クリスタルで金星との繋がりは、エメラルド、ロードクロサイト、モルダバイト、モルガナイト、ローズウォーツ等です。

あなた自身の苦難も和らげてくれる効果もあります。

さらに、これらのクリスタルは、あなたが自立して生きられるように、ライフワークに繋がるようにメッセージを送ってくれたりします。

もしも、あなたが天職を見つけたいのであれば、是非、女神アフロディーテの金星のパワーを活用することをお薦めします。

あなたの魂の目的である天職を知り、それによって他者、社会に貢献できるあなたを目指す事が出来れば、ツインレイと自然に再会し、精神的統合への道のりを乗り越えることが出来るでしょう。

ですから、年齢は関係ありません。

あなたの霊性を上げることに集中して下さい。

すでに、古い魂であれば、心配することはありません。

すべての用意が整えば、自然な形で再会出来る事でしょう。

ありがとうございます。

ソウルメイトリーディング

http://uranaikazuko.main.jp/soulmate/

パソコン用

http://ws.formzu.net/fgen/S2152887/

スマホ用

http://ws.formzu.net/mfgen/S2152887/

携帯電話用

http://ws.formzu.net/mfgen/S2152887/

angelpray33.jpg

 

 

【幸運グッズSTORE💗アフロディーテ・バザー】

 

幸せな波動を引き寄せる魔法のブレスレット〜女神アフロディーテからの贈り物

DSCN5038

 

いつ行っても楽しめるギリシャ旅行記

geece33-1 (15)

12年振りにギリシャのロードス島に行くことになりました。

 

以前行ったときは、ドイツ人観光客が目立ちましたが、ここ最近は、イギリス人に人気の観光地らしいです。

 

ギリシャで4番目に大きな島のロードス島ですが、キプロスからは、10月の初旬まで直行便が飛んでいたのですが、姪っ子の結婚式は10月14日だったので、キプロスのラルナカから、アテネ経由でロードス島に行きました。

 

パフォスを夜中の1時に出発し、アテネ経由で1時間待ち、ロードス島に到着したのは、午前10時頃でした。

 

ホテルに着いた時間が早かったので、まだ、お部屋の掃除がされていないということで、荷物をフロントに預けていたら、マイケルの義理の弟の親戚たちがエレベターから、ぞろぞろと、降りて来ました。2004年のオリンピックのときに、クレタ島に行き、そこで、一緒にランチを取った親戚たちで、十人ぐらいの人達と挨拶をして、眠気覚ましに、旧市街に行く予定で歩き始めました。

 

マイケルも私も何もリサーチせずの今回の旅行でしたので、ホテルを出て、ビーチを歩いていると、天使の銅像を見つけ、さらに、正教会を見つけました。
geece33-1 (16)

 

お昼時だったので、ランチを取ることにしました。

 

ヘブライ語の文字があったレストランでギリシャ料理を取ることにしました。

 

なぜか、どこに行っても、ユダヤ関係の場所に引き込まれてしまうのか、地図さえないのにと思いつつ、後で、話に聞くところ、1557年に建設されたカハル・シャローム はギリシャ最古のシナゴーグであり、ユダヤ人たちの活動のピークだったそうで、1920年代には、ロードス島の街の3分の1ぐらいがユダヤ人だったらしいそうです。1940年代には、さまざまな民族的背景を持つ2000人ほどのユダヤ人が住んでいた様子ですが、ドイツによるホロコーストによってそのほとんどが移送されたそうです。第二次世界大戦後、カハル・シャロームは海外の支援者の手によって再建されたが、ロードス島に普段暮らすユダヤ人は少ないため、戦前のような宗教行事は行っていない様子です。

 

地元のビールを飲みながら、猫と戯れていたら、時間があっと言う間に過ぎて行きました。

 

義理の弟から連絡が入り、連絡せずにホテルにすでに到着していたので、驚いていました。

 

次の日に結婚式を控えているので、挨拶に来るというのですが、「無理しないで下さい。」と、言っても、最終的に、ニコシアからの甥っ子がテッサロニキ経由で空港に迎えに行って、ホテルに送って来たときに、5分ほど話すことになりました。

 

甥が、お腹が空いたということで、同じ道を通り、またまた、ギリシャ料理とビールを飲むことになりました。

 

お腹一杯になり、ホテルに帰る途中に、エバンゲリスモス正教会でコンサートが行われていました。

 

終わりぐらいだった様子でしたが、ブックマークとパンフレットを貰いました。

 

そのパンフレットのキリスト、聖母マリアのイコンは見たことがありました。

geece33-1 (5)

 

そこには、フェオファン・グレク(Theophanes the Greek 1340年 – 1410年, ロシア語: Феофан Грек, ギリシャ語: Θεοφάνης)は、ビザンティン(東ローマ帝国)からロシアに移り住んだギリシャ人で、ロシアにおいて最も偉大なイコン画家の一人であり、アンドレイ・ルブリョフの師としても知られていると書かれていました。

 

ぶらぶらと歩いて帰り、体を休めることにしました。

 

朝、起きて、朝食を取りに行くと、ニコシアからの姪っ子と義理の姉たちとレストランで会いました。

 

彼女たちは私たちよりも、アテネで4時間待ちの飛行機に乗って来たそうでしたが、あまり疲れている様子もなく、「11時頃に私の部屋に来てね。」と、言われて、髪の毛をアップして貰うのに、美容師さんがホテルに来るので、順番が来たら隣の部屋に行くという感じでした。

 

夜は寒い感じがしたので、ワンピースにするか、ロングドレスにするか迷い、ワンピースにしました。

geece33-1 (8)

 

午後の3時頃に、花嫁と花婿に洋服を着せるというキプロス式の伝統で家から教会に行くことが花嫁の希望だったので、ホテルから、花嫁の新居に車で移動、最初はバスで移動するということでしたが、バスの手配が何かあったのか、義理の弟から電話が来て、「3時半にXXXさんが迎えに行くからね。」と、ギリシャ語で言われて、理解していたが、マイケルがシャワーを浴びているから、掛け直すと言って、電話を切りました。

 

その後、3時半になり、アテネから来た親戚?の車で、花嫁の新居に行きました。

 

まだ、メイク中で、着付けをして行く段階までではなく、何だかんだと、2時間ほど経って、花婿の着付けが始まりました。上に行ったり、下に行ったりしていて既に疲れていました。

 

3人の音楽家が音楽を弾き始めて、花婿に着付けをして行く光景は始めて見たので、楽しかったです。

 

花嫁の部屋にも音楽家たちが、キプロス伝統の結婚式の音楽が流れたので、マイケルは遠慮していましたが、祝福するのに、紐を三回腰の辺りに回して、両頬にキスして、他の人達も同じようにしていました。

 

教会に行く時間になっても、花嫁が下に降りて来ず、すでに、大幅に遅れていました。

 

そこから、車移動で、「どこの教会?」と、聞くと、「エバンゲリスモス教会だ」と言うので、一緒に来た人達の車に乗せて貰って移動しました。

 

教会の外には凄い観光客で一杯、私とマイケルは、観光客と同じように待っていたら、義理の弟に教会の中に入るように指示されて、甥っ子たちは最初の列の椅子に座っていましたが、私たちは外で観光客のように待っていたので、他の招待客で一杯だったので、真ん中の席に座ることにしました。

 

ギリシャ式の結婚式が始まりました。

 

最後に、2つの大きな輪っかを頭に乗っけて、テーブルを3回周り、祝福の言葉を頂きます。

 

またまた、私たちは一番最後に入り、一番最後に出るという感じでした。

geece33-1 (7)

 

他の人達は、祝福のお菓子を貰うのに、早く出ていたそうです。

 

義理の姉はキプロスからご祝儀を預かって来た人達用に、凄い、これから、売りに行くのかというほどの量を大きな袋だらけでした。

 

花嫁たちが、教会から出て来て、私たちはまたまた、ゆっくりしていたら、今度は、教会から40キロ移動のホテルへ移動することになりました。

 

もう、この時点で、夜の9時頃でした。

 

花嫁、花婿が到着したのが、午後10時頃だったと思います。

 

この時間からの食事は辛いです。

 

コース料理で、最初の前菜と次のギリシャ料理を食べた後は、もう、無理でした。

 

ギリシャワインを注いでくれるので、ごくごく飲んでいると、巨漢のギリシャ僧侶が、マイクを握り、キプロスのお祝いの歌を歌い始めました。

geece33-1 (11)

 

この僧侶の方とは、どこかで、会った気がするのですが、キプロスに帰って、姪っ子から電話があり、話によると、サプライズだったらしいです。

 

歌った後に、直ぐに、出て行こうとしたのを私は呼び止めて、写真を撮って貰いました。

 

姪っ子曰く、誰とも写真を撮らなかったらしく、私だけの写真のみだったらしいです。

 

その後は、もう、踊る、飲む。が、続きました。

 

義理の弟、コスタがテーブル席に遣って来て、私にワインを注いで貰い、一機飲みをすることになりました。マイケルには止められましたが、まぁ、お祝いの席だったので、飲みました。2杯続けて飲んだら、姪っ子も遣りたかったのか、3杯の一機飲みは、人生で初めてでした。その後、知らない人達からも誘われて、一緒に踊ることになり、もう、シンデレラタイムを過ぎていたので、眠りたいと願い、隣の席の人達も同じホテルに帰るので、1時半頃に、まだまだ、朝方まで続いて行くパーティ会場を後にしました。

 

次の日、朝食を取っている姪っ子に聞くと、彼女たちは2時半のバスでホテルに帰り、6時頃まで、続いたらしく、特に、3時ぐらいからが盛大だったらしいです。

 

ニコシアから来ていた姪っ子たちは、月曜日から仕事があるので、今回は、ほぼ、結婚式だけのために、ロードス島だけでした。

 

私たちは、13年振りのアテネも行く予定にしていました。

 

アテネも、マイケルに「どこのホテルに泊まるの?」と、聞かれ、「どこだったかな?」と、アテネに到着して、「この住所だけど、タクシーにする?それとも、メトロ?」と、聞くという、のんびりモードでした。

 

以前は、誰かが迎えて来てくれた記憶がありました。

 

義理の妹の家に泊った記憶がありました。

 

多分、花嫁の姪っ子が、迎えに来た覚えがあります。

geece33-1 (22)

 

今回は、ロードス島のホテルは姪っ子が予約を入れてくれていたのですが、アテネのホテルは、シンダグマ広場から近いところに自分で予約を入れたのですが、タクシーで横付けは出来ないらしいホテルということだったので、メトロにしました。

 

スーツケースを持ってうろうろして、数分後、「この通りだよね。」と、言って、ローレックスの時計屋さんのガードマンにマイケルが道を尋ねると、「ここに行きたいの?」と、聞かれ、「ここはとっても、とっても、遠いよ。」と、言われて、「どれぐらい遠いの?」と聞き返すと、指で示されたところは目の前でした。

 

スーツケースを置いて、シンダグマ広場に行きました。

 

動いては行けない、ガードの人達。

 

以前は写真を隣で取れましたが、最近はダメみたいでした。

 

その後、アクロポリスまで、歩いて行き、午後6時までに外に出ないといけないらしかったので、その反対の場所の大理石の丘みたいなところに登りました。

 

ツルツルした大理石をビーチサンダルで歩いている人を見ると、見ている方が怖くなりました。

 

帰りに、日本食を食べ、お風呂に入りました。

 

アテネも日中は29度で、ほぼ夏の気温、ちらほらとジャケットを着ている人もいますが、かなり、暑かったです。

 

次の日も、歩いて、アクロポリスまで行きました。

 

行くと、長蛇の列でした。

 

待っている間も、日差しが暑すぎました。

 

13年前に行ったときの入場料は10ユーロぐらいだったと思います。

 

今回は、20ユーロでした。さらに、修理中で、近くで写真は無理でした。

 

それでも、多くの観光客で埋め尽くされていました。

 

頂上から見る景色は格別でした。

geece33-1 (20)

 

パルテノン神殿は、古代ギリシャ時代にアテナイのアクロポリスの上に建設された、アテナイの守護神であるギリシャ神話の女神アテーナーを祀る神殿とされ、紀元前447年に建設が始まり、紀元前438年に完工、装飾等は紀元前431年まで行われたそうです。パルテノン神殿は古代ギリシャ建築を現代に伝える最も重要なドーリア式建造物の最高峰と見なされているらしく、装飾彫刻もギリシャ美術の傑作と言えるのも頷けます。また、この神殿は世界遺産に認定されています。

 

お天気も良すぎたので、流行りのインスタグラム撮りで、若い人達が大理石の上で、何度も、ジャンプしていました。
geece33-1 (21)

 

その後、滑った人がいたらしく、働いている人に痛み止めの薬を塗って貰っていました。

 

どこのコーヒーショップも人で溢れていました。

 

値段も他のヨーロッパと同じぐらいですから、物価が安いということもなく、また、イメージ的にはギリシャ人は働かないということもなく、話によると、拘束される時間が長い上に、給料は安い感じです。12時間労働は当たりまえですが、給料は安いそうです。

 

ギリシャ人はそれでも陽気な人が多く、ギリシャ語を少し話すと、嬉しいらしいです。
geece33-1 (28)

 

水曜日に、マイケルのフィルムカメラの調子が悪いので、ホテルから歩いて、7分ぐらいのところにある、ライカのショップに行きました。

 

水曜日はお店が1時頃に閉まることをすっかり忘れていて、反対側の道に渡り、ふらっと見ていると、タロットリーディングをするお店らしいのを発見しました。

 

閉まっていたので、次の日に来て、英語で占って貰えるならと思い、次の日に、ライカのショップに行くと、修理するところを教えて貰い、その前に、タロットリーディングして貰えるか、その場所に行くと、アシスタントの人が出て来て、「ここで、待っていて、次ね。」と、言われて、私は待っていました。

 

マイケルはうろうろして来るからというので、待っていたら、中に入るように言われ、マイケルに電話して、「これから、中に入るからね。」と言って、入りました。

 

ニューエイジ系の物を売っている様子はなく、リーディングが主みたいでした。

 

英語で会話が出来るので、タロットリーディングをお願いしました。

 

コーヒーリーディングも出来ると言われましたが、タロットの方が良いらしいと可愛いアシスタントの方に言われました。話によると、予約制だけど、特別に途中割り込んで、リーディングして貰いました。待っている人には恐縮でした。

 

最近は、2011年にロンドンでSAGBのアランさんとのシッティングが最後でした。

 

人生で一番凄いと思った霊能者はSAGBのテリーさんで、いつ行っても、会えることなく、今に至っています。

 

今回のギリシャ人のタロットリーダーの方は、タロットを沢山使って、色々と見て下さったのですが、とても、良い事ばかり言って下さいました。

greece-reading

 

逆に、何度も、良い事ばかり言われると、本当?と思ってしまうほどでした。

 

良い事ばかり言われると、怠け癖のある私にとっては、未来にそんなに良い事があるなら、努力を怠るので、注意することも言って欲しかったです。

 

また、「あなたは気づいていないけど、あなたは、とてもモテるは、ご主人がいても、他にも男性があなたを慕っているわよ。」と言われも、全然、嬉しくはなかったです。

 

兎に角、未来は素晴らしいらしいそうです。

 

今回のギリシャの旅は、良く笑いましたし、さらに、踊る、食べるで、体重が3キロも増加しました。

 

ありがとうございます。