日別アーカイブ: 2007年7月12日

学べば、学ぶほど惑うでしょう。

10.5:350:230:0:0:gandara:center:1:1:愛の国・・・ガンダーラ  ありがとうございます。:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
さて、皆さんに質問があります。
どうしてスピリチュアルを学びたいと思いましたか。
すでにスピリチュアリズムに出会った後も、今でも霊的な能力を持ちたいと思っている人がいます。そうした思いは、スピリチュアリズムの道から少しはずれたものであるのですが、たぶん、こちらを読んで頂いている方はある程度、スピリチュアリズムの本なり、何かしろ学んでいるでしょうから、説明は省きます。
もしも、ある程度学んでいても、まだ霊的な能力を身に付けたいという思いがあるでしょうか。
その奥底に秘められた思いは、他人にはないものを手に入れたいと願う願望や自慢したいと願う気持ちがあるからではないでしょうか。
最近では少なくなりましたが、数年前まで時折、自分は霊能力がある、自分は霊と交信することが出来るという方達からメールや手紙を一方的に受けて来ております。
凄い人だと一方的にご自身が書いて出版した本などを贈呈という形で送っていらっしゃる方もいたほどです。ある人は「エゴかも知れないけど、私は人を救いたい、私は霊能者だから・・・」という人もいましたが、「エゴの為に人助け?」とは、余程、時間があるのか、現実離れしているのか、謙虚な言葉を使いながら、自分と他人は違うということを自慢したいという低俗な虚栄心からではないかと思ったことがあります。
スピリチュアリストであれば霊界からの交信を信じて活動をすれば良いでしょう。
私のような者に本を贈呈して頂いても興味がない本は読みません。欲しいという方がいれば差し上げたり、図書館に寄付したりしますが、傲慢な方は最初のページにご自身の名前と私の名前を入れたりしているので、図書館にも寄付出来ません。
不特定多数の方々がご覧になれるインターネットは大変便利でもありますが、大変、窮屈なときもあります。本当のスピリチュアリストであれば、霊的な現象や霊能力に興味を持ちすぎる人達に対して、その無意味なこと、間違いであることを教える必要があるかも知れません。
ただ、傲慢になっている方は自分は偉いと勘違いしている方達もいらっしゃるので、その人、ご自身が気づく必要があるでしょう。
霊能力は、霊的進化にともない自然に身についていくか、生まれ持ったものですから、霊能者、ヒーラーが昨日、スピリチュアルのドアを開けた人に霊能力の開発を促すことは危険があります。
そして、そのスピリチュアリスト自身が霊能力に拘っていたり、霊能力を持っていない人より自分は勝っていると思う霊能者は白雪姫の魔女のような存在でしょう。
他人が持っていない霊能力を自分が持っていることを自慢したり、自分は他人より優れているという霊能者と会話すると悲しい気分になります。
人間は毎日の慣れ親しんだ環境にて、心の底から謙虚になるのは難しいことでしょう。
人間の傲慢さは、霊的な未開発であるのに、人によっては低級霊と高級霊の違いにも気づくことなく、低級霊に弄ばれ、操れていることも分らない人もいます。
私たちが毎日の中で精進、そして、真理の追究に研鑽を重ねながら、霊的真理に照らし合わせて、自分のこころを知り、自分の心を反省することが出来る人こそ、スピリチュアリストでしょう。
謙虚になることで霊能力が失われることもありません。
真の霊能者であれば、本当の霊能力を人々の為に、真理を伝える手段として、インターネットを通じて読んで頂ける時代です。どんな形でも謙虚なこころで神様の道具意識を持っている方は正しい理解と共に、学んで行く必要があるでしょう。
そして、霊視能力者になる方法よりは、神の光が見えるように魂の眼を開く方法を伝える伝道師であるべきでしょう。

ですから、学べば、学ぶほど道から外れることもあるのです。
それは、霊力を甘く見たり、霊能力を営利目的に使い過ぎてしまい、低級霊とコンタクトを取っていても、その人だけは神様からの告知だと信じていることでしょう。
信じる者は救われると言いますが、それは本物を知っている人が誘導しているからであって、本来なら霊能力は神聖なものです。神聖なものを認識していない為に道から外れることになる霊能者もこれから増えて行くでしょう。
スピリチュアリズムやその他の聖人達の残して頂いた教えは本当に尊いものです。
学べば学ぶほど、混乱することは避けれないでしょう。
でも、側にいらっしゃるスピリチュアルガイド達は辛抱強く、私たちが自分自身で気づくまで待っていてくれます。
ありがたいことです。
学び続けましょう!
ありがとうございます。

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